消費者庁から特定商法取引法に関するヒアリングを受けたことが日本矯正歯科学会のインフォメーションレターで報告されていました(Information Letter J June,2015).矯正治療費を全納したが、転院後矯正料金の返却に応じてもらいない等のクレームが消費者センターや消費者庁に多く寄せられ、エステなどの美容医療契約同様に、HPなどの広告規制を強化した特定商取引法の適用になるかもしれないというものです。こうした議論は、従来から美容整形で大きな問題となっており、その流れで、矯正歯科に来たようです。
HPで調べると、東京の歯科医院が『「9才以下の矯正20万円でお受けします!(特殊な症例は除きます)」、「初診料3,000円、検査診断料30,000円、管理料がかかります。」、「管理料は毎月3,000円~5,000円です。」及び「今回、早い時期の9才 迄のお子様に限り、20万円でお受け致します。」と記載することにより、あたかも、9歳以下の患者については、矯正治療に係る料金、初診料及び検査診 断料として記載された合計233,000円の料金並びに管理料として記載された料金を支払うだけで対象役務の提供を受けることができるかのように表示していた。』とうたい、これが景品表示法に違反する行為と認められようです。そして、この旨を一般消費者へ周知徹底し、今後同様な表示を行わないことになりました。このケースの場合、20万円以外に保定装置料32500円をとったことが問題となりました。
これはHPでの広告の問題ですが、一番多いクレームは、転医時の料金の返却問題です。矯正治療の場合、毎回の調整料の他、基本治療と呼ばれるまとまった額の料金が設定されています。医院によっては、最初の段階で全額納入するようになっていますが、急な転居で通院できなくなり、治療方針に疑問があって転医となった場合、料金の返金がなかったり、額が少ないためクレームとなります。税務上、最初の契約時に収入とみなされるため、治療開始前に全納するように言われます(実際はそうではありませんが)。急な転医は、患者の勝手であり、その責任は持てないというのが医院側の論理ですが、一旦入金された金を払い戻したくないというのが、どうも本音のようです。
日本臨床矯正歯科医会では、こうした問題に対して20年前から、治療経過に準じて返金する制度をとっています。最初の不正咬合の状態から治療終了の状態までの過程において、現在どの段階かを判断し、その段階に応じて返金します。基本治療費が40万円とし、半分治療が終了した時点で転医となった場合は、20万円の返金となります。こうした入金、返金額は紹介状、資料と一緒に転医先の医院に送られ、そこで継続の費用が決められます。これまで多くの患者を転医し、逆に紹介されましたが、ほとんどの先生は実際の段階より低く査定して返金額を多くし、転医先では返金額が少なくても、その金額で治療を継続することが多いようです(地方から東京の場合、基本治療費が2倍になることがあります)。こうしたシステムは、患者にとってもドクターにとってもわかりやすく、トラブルも少ないように思えます。日本矯正歯科学会でも、正式には転医システムについては決めていませんが、会員にはこうした方法をとるように勧めています。
転医でのトラブルは、先生方が返金ということに慣れていないせいもありますが、システム自体があまり知られていないことも原因です。以前、県内の歯科医院から転医された患者から返金がないと相談を受けました。相手側に転医システムについての資料を送ったところ、制度を知らなくて、申し訳ありませんと、快く返金をしてもらえました。こうしたこともあり、数年前、青森歯科医師会報に主として日本臨床矯正歯科医会の転医システムについて解説しました。
今はどうなっているか知りませんが、以前は国立大学歯学部矯正科では矯正料金の指標がありましたが、基本的には返金できない制度でした。国庫に一旦収められた金は返金できないということでした。今は厚労省、文科省の話し合いで返金できるようになったのでしょうか。これがクリアーできなければ、学会の中心となる大学病院が転医システムに背くことになります。またアメリカでも返金はないようですが、一般的には治療予定期間を2年とすると、24回に分割して払う、あるいは治療前、中、後の三分割して払うシステムになっています。日本臨床矯正歯科医会でも、先生が万一、死亡することもあり、こうした分割徴収を勧めています。
転医に関しては、返金も重要ですが、その後のスムーズな治療の継続も大事です。実際、転医しようと思っても、担当医から「転居先に知り合いの先生がいない。自分で探してください」と言われますが、素人の患者がなかなかいい先生を見つけることは難しいと思います。知っている先生がいなければ、HPで調べれば簡単に転居先の適切な矯正専門医が見つかるはずですので、担当医の怠慢でしょう。というか歯科医はあまり社会性がなく、全く面識のない先生にいきなり、電話をするのができないようです。先日も合宿先の弘前でワイヤーが外れたとの電話がありましたが、できましたら担当の先生から連絡してほしいと頼んだところ、それっきりでした。面識のない私に電話するのをためらったのでしょう。患者には悪いことをしたと反省しています。そのまま診療して、結果を後で担当医に報告すればよかったと思います。
矯正歯科はエステなどと違い、医療であり、また治療期間がきわめて長いという特徴があり、特定商取引法の適用になるのはかなり大きな問題を含みます。エステ、パソコン教室、英会話などは、客の希望でクリーンオフすればそれで済みますが、矯正治療では装置が入っているため、中断しても、どこかで治療を必ず継続しなくてはいけません。こういった点では、同じ医療分野、美容整形では手術は単独で完結するため、治療の継続という流れは一般的ではありません。クリーンオフによる転医では、患者は新たな歯科医院を自分で探し、そこで新たな契約をすることになります。上述したような治療の継続ではなく、中断、新規となるわけです。当然、転医先の歯科医院では、治療段階にそった値引きということはありませんし、これまでの治療経過、資料を報告する義務もありません。結果的には、いくら返金があったとはいえ、かえって治療費が高くなり、治療期間も長くなることになります。できれば学会サイドできちんとした倫理規定、転医システムをつくって、会員(一般歯科医を含む)に周知してほしいところです。そして特定商取引法ではなく、倫理感、あるいは医院防衛(裁判、ネットでの評判)から普及してもらいたいと思います。システム自体は、すでに実績のある日本臨床矯正歯科医会のそれがありますので、それをたたき台として、厚労省、消費者庁、日本歯科医師会など関連団体と協議して、作れると思います。ただ大学病院が未だ返金システムがないようであれば、これは非常に問題がありますので、併せて早急に整備してほしいと思います。
こうした問題は、美容整形では大きなトラブルとなっており、いくら学会で倫理規定を設けても、それに従わない先生もいますし、矯正歯科では学会に入会していない先生も多くいますので、最終的には矯正治療を受ける場合は、こういった点をよく考慮して、自己防衛をすることが最も大事と思われます。
転医に関しては次のことに注意してほしい。
1.
矯正治療は緊急性がないので、すぐに治療を開始しない。数件の歯科医院で相談し、納得して治療を始める。
2.
転医システム(紹介先、料金の返金)について、今のところ可能性はなくても、くわしく聞いておく。
3.
転医は治療責任、費用の点でもできるだけ避けるべきで、そうした点では高校2年生、3年生、あるいは大学3年生、4年生からの治療は、転医の可能性があるため、やめた方がよい。
4.
転医の可能性が少しでもある場合、舌側矯正、マウスピース矯正(インビザラインなど)など特殊な治療法は避けた方がよい。転医先が見つけにくい。
5.
検査資料(セファロ、パントモ、模型など)がきちんと揃っていない場合は、治療継続を拒否、新規患者として扱われる。また学会で認められていない拡大を主体とした床矯正治療や特殊な治療法(クイック矯正など)は、多くの矯正専門医は肯定していないので、これも同様である。