2012年2月22日水曜日

山田兄弟43(一戸直蔵)





 ここに一枚の写真がある。愛知大学の所蔵する山田兄弟に関する資料の一部である(「孫文を支えた日本人—山田良政・純三郎兄弟— 武井義和著 愛知大学東亜同文書院ブックレット」より勝手に借用して申し訳ありません)。東京谷中での山田良政の追悼式(1913年、大正二年)での写真で、向かって左側には山田家の人々が写っている。後列真ん中に山田純三郎、その左に菊池九郎長男良一、前列真ん中左には父親の山田浩蔵、右には母親のきせ、浩蔵の左には兄良政の妻敏子、その隣には純三郎の妻喜代がいるのがわかる。

 向かって右側を見ると、後列真ん中に日本の天文学のパイオニアとして知られる一戸直蔵の姿が見られる。一戸の写真は少ないが、この写真はまちがいないと思う。そうすると、一戸の前にいるのは妻とその子どもと思われる。国立天文台にある一戸直蔵の資料目録をみると、山田良政追悼式での山田家、一戸家記念写真というものがあり、おそらくこの写真のことと思われる。そうすると、この写真は山田家と一戸家の記念写真ということになろう。

 菊池九郎の姉きせは山田浩蔵に嫁ぎ、山田浩蔵の妹久満子は菊池九郎に嫁いだ。菊池九郎と(山田)久満子の子どもが菊池良一といねで、山田浩蔵と(菊池)きせの子が山田良政、純三郎、清彦、四郎と妹のひさである。そして菊池九郎の娘いねと結婚したのが、一戸直蔵である。

 「一戸直蔵 野におりた志の人」(中田茂 リブロボード シリーズ民間人学者)では、日本天文学のパイオニアである一戸直蔵の生涯が詳しく書かれている。一戸は明治11年に青森県西津軽郡越水村(現つがる市)の農家に生まれた。二男三女の二男で、農家といっても二十二町歩の土地持ちであったが、読み書き以上の学力は必要ないとされた。こういった寒村で育った直蔵は吹原小学校を優秀な成績で卒業したが、それ以上の教育は意味がないとして進学させてもらえなかった。百姓をしながらも本を読むという日常を過ごしながら、4年間、意を決して15歳の時に故郷を脱走し、青森で働きながら私塾に通った。友人のところを転々としながら、東奥義塾を受験し、予備科一年生に編入できた。通常高等小学校卒業の資格が必要だったが、高等小学校を飛ばして中途編入できたことになる。それでも働きながら学ぶことはできず、当時叔父の金子家の養子となる仕送りを受けることになった。東奥義塾の予備科は2年で、仕送りも予備科卒業までと決められていたが、さらに上の学校への進学を目指し、1年半後にはまたもや家出して東京に向かう。本多庸一から紹介状をもらい、労働部で働きながら学問をしようと、東京英和学校(現青山学院)の予科5年生に編入となる。予備科2年、本科3年であったが、これでだいぶ遅れは取り戻せた。青山学院からは当時、高校入学資格がとれなかったため、しかたなく錦城学校に転校し、そこを卒業して、仙台の第二高等学校に入学した。何とか書生などしながら生活していたが、ここでも金銭的に続かず、入ったものの養子先からの援助も打ちきられ、そして退学してしまう。さすがにこの状況になると実父も養子を解消し、最低限の仕送りをすることになり、1年後には復学して二高に入り直す。二高では天文学に興味を持ち、ようやく22歳で東京帝国大学理科大学星学科に入学する。ここまで勉学だけでなく、金銭面でもずいぶん苦労を重ねた。その後は大学院に進学し、26歳の時に菊池九郎の娘いねと結婚するが、ここでも一戸らしいのは突如新婚の妻を残して、アメリカに留学してしまう。27歳の時で、当時世界最大の望遠鏡をもつシカゴ大学のヤーキス天文台に留学する。2年留学し、東京大学の講師として戻ってくるが、ここでもことあるごとに上司の寺尾教授とぶつかり、ついには33歳の時に追い出されてしまい、アカデミズムの世界から完全に放逐されてしまう。誠に津軽人ぽい性格であるが、もう少し強調性があれば、日本の天文学に大きな寄与をしたであろう。その後はネーチャーやサイエンスに匹敵する日本の科学雑誌を作ろうと奔走するが、結核のため42歳の若さで亡くなる。
一戸直蔵の台湾新高山での巨大天文台計画は、その後藤崎町唐牛宏博士に受け継がれハワイのすばる望遠鏡に繋がって行く。

 最初の写真に戻ると、一戸直蔵の前の子連れの夫人はおそらく菊池九郎長女いね、そして子供は長男信直か二男英信であろう。さらに前列左の夫人は山田浩蔵の長女なほか、次女ひさの可能性があり、そうするとその後ろに人物はその夫である伊藤要一(佐藤?)か馬渕勇五郎となる。山田家と一戸直蔵の関係は、ただの親類だけではなく、年齢的に四男山田四郎と一戸直蔵は東奥義塾で同級であり、四郎が渡米したのに刺激され、一戸も渡米したのかもしれない。一戸家と山田家は、この写真に示されるように深い関係があったかもしれない。

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