2024年12月10日火曜日

矯正歯科におけるデジタル印象

 



近年、これまでの印象材を使った印象にかわって、デジタル印象が普及してきた。歯科医院に行って口の型を取った経験を持つ人も多いと思うが、あの吐き気がする型取りは何とかならないかという人は意外に多い。当院の患者さんの中にも、毎回印象のたびに激しい吐き気がしてトラウマになっている患者さんもいる。こうした患者さんにとって小さな口腔内スキャナーで口の型をとるデジタル印象は朗報である。まだスキャナー自体大きいものの、印象材を使った従来の印象に比べてはるかに楽である。

 

歯科医自身も模型を作らないで、技工に回わしたり、その場で咬合の確認、特に矯正歯科では舌側方向からの臼歯の咬合を確認したいが、これを使えば容易である。私も安くて小さく、いいものがあれば、買いたいと思っていたが、閉院予定のために、購入はギブアップした。

 

ただ矯正歯科でのデジタル印象については、デメリットも多い。まず日本矯正歯科学会の認定医、臨床指導医などの試験では、デジタル印象を使った模型は認められていない。なぜという声も多いが、受験者の中には、デジタル画像を加工して噛まなかった歯を咬ますようにしたりする先生もいるそうだ。特に舌側方向からの咬合は、試験の際に真っ先に確認する箇所であるが、これについては口腔内写真ではわからず、あくまで模型でしか確認できない。そのために、デジタル印象で噛ませるように加工されると評価ができないからである。ある程度、慣れると、口腔内写真から特に抜歯症例で、第二小臼歯が噛んでいるかわかるが。

 

そのため、専門医試験などでは、今のところデジタル印象とそれによる模型は認められておらず、初診時、動的治療終了時、保定2年後の印象は従来の印象材を用いた印象をしなくてはいけない。そのため、デジタル印象の設備を持っていても、試験のために使ってはいけないことになる。インビザラインのようにデジタル印象を基本にしている治療法は将来、試験で認められても、模型で引っかかることになる。

 

さすがにこうした流れの中で、デジタル印象を試験に使えるように改善していかなくてはいけないが、アメリカ矯正歯科専門医試験(AB0)でもまだデジタル印象よる模型は認められていない。まず模型を加工したなら即、試験は不合格にし、それ以降も提出できなくする。さらにデジタル情報を添付させ、オリジナルの加工されていない情報かチェックできないであろうか。デジタル印象からデータを加工して、模型を作って提出されると、それがオリジナルなものか、加工したものか判断できない。他の方法として思いつくのは、口腔内写真と模型が一致するか、AIで調べるようなソフトができないだろうか。加工するとすれば、大臼歯、小臼歯の傾斜あるいは形態修正だと思われる。デジタル印象のよる模型を試験に提出する場合は、切歯部の下からの写真、左右頬側の上下からの写真など何枚かの写真添付を義務付ければ、ある程度は視診で判断でき、疑われる症例については、こうしたソフトを使う手もある。また咬合紙を噛ませ、マークがついた時の上下顎の口腔内写真も参考になる。

 

基本的には受験者の良心を信じるべきであろうが、審査のほとんどが模型による現状を考えると、今のところデジタル印象は不正の可能性が高いだけに、より慎重な扱いが必要であろう。将来的には、デジタル印象のメーカーの協力が得られれば、最初のオリジナルデータであるか、どこかの暗号を仕込んでもらえれば、それを確認すれば良いので、審査自体を全てオンライン上でできるかもしれない。

 

現在、日本矯正歯科専門医機構による第三者による専門医制度が医科、歯科ともに始まっている。歯科では口腔外科、小児歯科、歯科麻酔、歯科放射線、補綴歯科、保存歯科、そして矯正歯科が広告可能な専門医として認められている。矯正歯科については、210名の専門医が今年の10月から認められているようになったが、一方、従来の日本矯正歯科学会の認定医、臨床指導医について広告は基本的にできなくなる。つまり認定医の更新に際してはホームページのチェックが行われるが、“日本矯正歯科学会 認定医”は限定解除要件を満たしたのみ掲載可能となる。現状では、この新しい矯正歯科専門医はあまりに少ない。

 

患者からすれば、歯科の専門医と言ってもあまり関心はないと思う。歯の根っ子の治療をするなら、歯科保存専門医で診てもらおうと思わない。とりわけ患者からすれば、おそらく歯科の専門医で少し参考になるのは、口腔外科、小児歯科、矯正歯科、そしてまだ認められていないが、インプラントくらいでなかろうか。それでも今後10年もすれば、大学の矯正歯科講座で研修し、日本矯正歯科学会の認定医を取って、開業し、そして5-10年くらいで、日本歯科専門医機構の矯正歯科専門医をとるというのが一般化していくのであろう。全国で2000名程度、どの県でも二名程度以上の専門医が必要と思われるし、少なくとも地方では、一般開業医で治療ができない、より難度の高い口蓋裂のような先天性疾患、あるいは口腔外科との連携の必要な顎変形症の治療ができなくてはいけない。


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