日本の保険医療制度では医療を保険で取り扱う代わりに様々な制約があり、保険医療機関でありながら自由診療への患者誘導は療養担当規則違反に反し、保険医療機関の指定取り消し、あるいは保険医の登録抹消という処分となる。
実際、医科においては自由診療への誘導は、それほど多くなく、主としてこうしたことが起こるのは歯科である。子供のころ、多分昭和40年代始め、ようやく日本でも完全な国民皆保険制度となり、父の歯科医院でも、朝の早い時間から患者が並び、夜は11時まで診療するという忙しい生活となった。パノラマ買ってハワイに行こうというキャッチフレーズで、レントゲン室を作り、全患者にパントモ写真を撮ると2ヶ月で購入費を取り返し、ハワイに遊びに行ける金を稼げた。また前歯の補綴処置は保険適用でなかったので、昭和50年頃から導入されたポーセレン前装冠は、すごい収入となり、知人の歯科医はポーセレンだけ作る技工士を雇ったくらいであった。この頃は、最も歯科医が儲かった時代で、多くの先生が平気で保険医脱退を叫んでいた。その後、根っ子の治療は保険、補綴は自費ということが常態化してしまい、結局、これは混合診療の例外となった。こうして歯科医は儲かる職業となり、私が大学受験していた頃は、歯科医と医師の収入差はそれほど大きくなく、歯学部、歯科大学も人気があった。例えば、当時の岩手医科大学の医学部と歯学部の偏差値がそれほど差はなく、実際、東北大学歯学部でも合格者の1/3は医学部の合格点数に届いていた。その後、歯科医数の増加と歯科疾患の減少により、歯科医師過剰時代となり、歯科医は稼げなくなり、今に至っている。
元々、歯科医院は、処置を伴うもののために多くの患者を見ることはできないため、薄利多売を原則とする保険診療には馴染まない。内科では一日、一人で百人見るのはそれほど難しいことではないが、歯科では、虫歯治療にしても麻酔をして、歯を削って、詰めるとなると少なくとも15分はかかり、レントゲン撮影などを入れると予約は1時間で4人、1日で30人が限界であろう。眼科、皮膚科、などのマイナー科目を含めても、これほど診療時間がかかる科は医科にはない。
患者が多かった時代は、助手、衛生士に診療の大半をさせて、100-200人の患者をさばく歯科医院もあったが、今や患者がそれほど多くなく、弘前でも患者数は減っている。そうなると少ない患者で、収入を上げるには自費診療を多くする必要がある。弘前の歯科経営コンサルタントは、保険診療だけで年商1億円超えを目指すというが、月1千万、1日45万円、70-80人の患者が来ないといけない計算になり、この患者を歯科医一人でさばくのは難しいし、そもそも今時こんなに多くの患者が来院するのは田舎でも厳しい。
一方、東京では保険診療機関でも自費診療が普通になり、うちの娘が東京の歯科医院に行くと、レジン充填が二次カリエスになっている。虫歯をとり、神経までいっていたなら、そこからは精密診療となり、自費診療になると告げられた。治療途中で保険が効かないならやめますとは言えない。ここでは歯内療法は完全に自費となるシステムである。これは完全に違法であるが、皆がしているので先生はそれほど気にしていない。
先日、日本臨床矯正歯科医会の「矯正歯科何でも相談」の回答集が発表されたが、年々相談件数は増加し、さらに今年は半分くらいがインビザラインと小児矯正のトラブルであった。一般歯科での自費診療の一つとしてインビザラインと小児矯正が組み込まれ、それによるトラブルが非常に多くなっている。できもしない自費診療を勧めるはプロとしては、医療人として失格である。昔は、自費診療といえば、前歯部の補綴であったが、さらに金属床義歯、そしてインプラントと対象は変わっていき、最近ではインビザラインと小児矯正が主力となってきている。ばかな経営コンサルタントに騙されてiTeroのような高額な口腔内スキャナーを買わされ、十人もインビザラインの患者がくれば、昔のパントモみたいにハワイに行けますと言われるが、実際、患者は来ない。対象は成人で、今時の若い人は多くの情報を集めて治療を行う。ましてや百万円以上かかるインビザラインを新たに始める先生のところでするわけがない。そしてインビザラインを始めても患者が来ない医院向けの講習会に誘われる。患者ともめて、弁護士の登場となる。歯科医院の自費獲得戦略の中でもインビザラインの導入は最もリスクが高く、お勧めしない。


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