今春から始まるNHKの連続ドラマ,「風、薫る」に関連する本が出版されてきた。鈴木雅については資料が少ないため、大関和に比べてどの本も記述は少ない。ドラマの原案となった「明治のナイチンゲール 大関和物語」(田中ひかる、中央公論新社)でも、最近刊行された「戦う白衣の天使 大関和・鈴木雅ものがたり」(櫻庭由紀子、内外出版社)も、記述の多くは大関和についてであり、鈴木和については少なく、しかも横浜のフェリス出身という設定になっている。鈴木の最も大きな特徴は看護学校に入学する前に英語が堪能であったことが挙げられ、日本語のできない看護教育のヴィッチ先生の通訳をしていたほどである。英語をABCから初めて1年や2年くらいで、ネーティブの外人の授業の通訳をするほどのレベルにはならないことは、すべての日本人は知っている。ましてや英語が日本に導入され始めた日本において、ネーティブの外国人と同じように話せる女性はわずかであったであろう。英語が堪能であった鈴木雅は日本でも極めて稀な女性であり、その背景をドラマできちんと説明しないとおかしなことになる。
その点、先週、刊行された伊多波碧著、「もうひとりのナイチンゲール 鈴木雅の生涯」は、幕臣の父親、静岡藩での英学教育、そしてそれに触発された横浜共立女学校(現:共立学園)の入学、修練をしっかりと記述することで、これまでの本では十分説明できなかった鈴木雅の英語力を示せたと思う。ほとんど資料のない状況で、さすがに多くの著書を手がけた伊多波さんだと思う。常々思うが、本当に小説家は嘘が上手い。わずかな情報からさも本当と思わせるような嘘を紡ぎ出し、そこに読者を連れて行く。見事である。
NHKの朝の連続ドラマ「風、薫る」についても、ようやくその内容がわかってきた。鈴木雅をモデルにした大家直美という人物が登場する。母親に捨てられ物心がついた時から牧師に育てられ、その環境の中で外国人宣教師の妻から英語を習うという設定である。もうひとりの主人公、大関和をモデルにした一ノ瀬りんは家老格の名家の娘という設定で、大関和の史実と同じであるが、鈴木雅については履歴がはっきりしないことから、ドラマ構成上、大幅に設定が変えられている。家老の娘と孤児という対比はドラマとしては面白い。そして大家を育てる牧師としては植村正久をモデルにした吉江善作という人物が登場する。それでは、明治初期にこうした孤児が教会で育てられ、そこで英語を学ぶようなことはあったのだろうか。実際の鈴木雅(加藤雅)が横浜共立女学校に入学するのは明治五年であるので、当時、日本人が主催する教会はないが、元々、横浜共立女学校(アメリカカン・ミッションホーム)は、混血児の保護と教育を主眼としており、中には日本人孤児がいてもおかしくはなかった。確かに一期生を見てみると学費も高かったことから殿様の娘のような裕福な家庭の子供が多かったが、それでも明治12年頃には貧農の生まれ?の阿部はなが共立女学校に入学し、その学費、寄宿代費は、アメリカの支援者の寄付によって支えられていた。阿部はな自身は孤児ではないと思うが、フィリップという支援者から1881年には102ドル、1886年には58ドルに寄付があり、これは6年分の学費と寄宿代費に相当する。教会自体の運営は米国などにある本部によるもので、牧師個人で孤児を引き取り、教育させることは実際できないが、それでも支援者がいて、その人が資金を出すなら、ドラマの大家のようなケースもありえた。ドラマ内容がまだはっきりしないが、日本人の教会にくる宣教師夫人から英語を習ったという設定では、少しくらいの英語はできるようになっても、通訳できるようなレベルになるのは難しい。共立女学校の初期の教育のようにほとんどの教科が英語で授業が行われ、英語詩の暗記が英文添削など英語まみれの寄宿生活を数年以上することが必要となる。のちに青山学院大学の院長になる弘前出身の笹森順造は、青森県立第一中学校、早稲田大学を卒業し、アメリカに留学するが、全く英語が分からず、地元の小学校に入学しようとするが25歳では許してもらえず、聴講生として入学し、召使のような生活をしながら、ようやく2年後にデンバー大学に入学した。日本で17年も英語を教わったのに全く役に立たなかったと述べている。それほど英語の取得は難しい。
同じような外国人教師による英語教育を受けたドラマとしては「花子とアン」を思い出すが、そのモデルとなった村岡花子(1893-1968)と鈴木雅(1858-1940)とは35歳も歳が離れており、時代が全く違う。村岡が6歳の明治32年はほぼ男女とも小学校は義務教育であったが、鈴木が6歳の元治元年はそもそも近代小学校制度がなく、寺子屋世代であった。日本最古の女子校、フェリスができたのが明治三年、鈴木が12歳の時である。つまり村岡花子を描いた「花子とアン」は、次の世代、鈴木雅の娘の時代の話なのである。こうした時代背景に破綻がないか、注意深くドラマをみようと思う。














