2007年11月18日日曜日

近藤翠石の掛け軸 続き




前回の続きとしてもうひとつの近藤翠石の掛け軸を紹介します。うちの母親は趣味で水墨画を描いていますが、一度金屏風を画材として使いたいと思い、友人から古い金屏風をもらってきました。結局、屏風自体は破損が多く、捨てることになったのですが、その時屏風に貼られていたのがこの掛け軸です。私自身母の絵よりはよほどましと思い、何とか説得して表装してもらいました。
前回、紹介した能州の絵に比べてかなり丁寧に描いています。賛は「裏山帰樵」となっています。樵が山から帰るモティーフは、南画では比較的よく用いられます。山に柴を刈り、田畑で作物を作るといった素朴な生き方に共感がもたれたためです。右の絵では山の中腹から滝を見ながら茶をゆっくり飲む文人の姿が描かれています。よく描かれていますが、前回にもお話したように、南画の価値は今は非常に低く、オークションに出しても2,3万円くらい、競合者がいないと1000円くらいで落札されます。
掛け軸に描かれるのは、文人の理想の風景で、確か、1に見てみたい所、2に行ってみたい所、3に住んでみたい所、4にそこに一生住みたい所で評価するようです。この絵に描かれているような所に私は住みたいとは思いません。とても文人の境地には達していないようです。
今まで数多くの美術展を見ましたが、確か1985年ころ京都で行われた富岡鉄斎展に一番ショックを受けました。没後150年の大規模な展覧会で、鉄斎の全貌を余す事なく伝えるものでした。掛け軸のような小さく作品でも鉄斎にかかれば、そこに小宇宙を作り出します。世界に通用する画家だと感じました。その後も南画、水墨画に興味をもって見てきましたが、近年ますます凋落傾向にあり、現代の日本画家で軸物をかけるひとはもはやほとんどいないようです。多くの日本画は洋風の部屋に飾ることを前提にしているため、横長の額縁サイズになっています。この画家がいきなり縦長の軸物をかけといってもそれは難しい。岩手県立美術館にも萬鐵五郎のかいた軸物(ほぼ遊びでかいたものだが)があるが、あまりに稚拙で軸としてはバランスが悪い。
この極端な縦長の画材というのは西洋ではほとんどない形式で、このまま日本で廃れていくかと思うとさびしく、こういった制約した形式の中で、若手の日本画家が挑戦してほしいと思います。同時に欧米のインテリア雑誌などではリビングに実にうまく掛け軸が飾られており、そういった例も取り上げていってほしい気もします。

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