2014年6月29日日曜日

歯科用タービン問題



 518日の読売新聞で歯科用タービン(歯を削る機械)を滅菌せず、使い回ししている歯科医院が7割という報道がなされた。こういった報道があると一般の方はびっくりするが、これまで、歯科用タービンを介して肝炎やエイズなどの重篤な感染は報告されていない。歯科用タービンが発明され、すでに50年たち、世界各国で使われている総症例数、回数を考えると数十億回はあろうと思われが、感染例がないということは確率としては数十億分のゼロとなる。

 それでも実験的には歯科用タービンが感染源となることは証明されており、歯を削ったときに歯肉を傷つけ、その血液中のウイルスが歯科用タービンに逆流し、そこで繁殖して、次の患者の歯を削る時にまた歯肉を傷つけ、タービンからでる水の中に含まれるウイルスが傷口に入り、感染させる、こういった可能性は確かにある。ただこれも最近の歯科用タービンは逆流防止機構があるため、確率としては極めて低い。

 アメリカではキンバレー事件という患者が歯科医院でエイズをうつされたという事件があった。大きな問題となり、その後、アメリカでは感染対策が急速に進んだ。ただこの事件についても、真相は歯科医の意図的感染、患者の隠された性感染とも言われ、特殊例とされ、通常の場面ではエイズ感染はない。

 以前、大学で外来長をしていた時に、臨床で使う器材すべてを滅菌しようと試みたことがある。エイズウイルスや肝炎ウイルスなどは、消毒の範囲、例えばジェットウォシャーなどの93度以上の高温水で洗浄することで、ある程度消毒されるが、破傷風菌などの芽胞細菌はこれでは除菌できず、すべての菌(ブリオン除く)を殺すには高圧高温によるオートクレーブ、ガス滅菌、強力な薬品を使った化学滅菌しか効果がない(オゾン滅菌)。現在、ガス滅菌は排気ガスの問題で使用は制限されつつあるし、化学滅菌も排気、排水の問題が発生する。オゾン殺菌も高価で、一般歯科での滅菌法はオートクレーブ(あるいは乾熱滅菌)に限られる。当時、大学でも矯正用のプライヤーなどの基本器材など金属製品は、中央滅菌室に出して、滅菌できたが、ワイヤー、ブラケット、接着剤などの材料は滅菌できないものがあった。滅菌はAll or Nothingの法則に従うため、一つでも滅菌していないものがあれば、無意味となる。またゴム手袋、マスク、着衣、すべて滅菌済みのディスポを使うとなると莫大な費用がかかり、結局は観血的処置がない矯正歯科ではここまで滅菌する必要がないということになった。手術の場合と違い、交差感染がなければいいという考えである。破傷風菌などの芽胞菌感染は診療室では起こりえないシチュエーションで、主たる対象である肝炎、エイズなどに絞れば、A0値という消毒程度を示す係数では、3000以上あればよく、93度、10分で、このA0値が12000となるため、ジェットウォシャーや煮沸消毒で十分である。


 1歳半、3歳児検診でも、齲蝕菌となるミュータンス菌の水平感染を防ぐため、すべての検診者ごとに手袋を変えることになった。これも実際の感染は限りなくゼロなのだが、可能性があること、親からの要望でこうなった。心理的な影響が大きい。今回の報道を受けて歯科医院への患者からの問い合わせもあり、関連の器材の売り上げもすごいようだ。こういった流れの中では、可能性は極めて少ないと言っても、無視できるものではない。当院の場合、矯正のみで、歯科用タービンの使用頻度も少ないので、早急に対応する予定である。ただ保険中心の一般の歯科医院からすれば、先進国の中でもっとも歯科治療費の安い日本の歯科医療において、アメリカと同じ感染対策、それも数十億分のゼロの可能性に対して、コストをかけることは無駄だと考え、不満もある。歯科外来診療環境対策加算という制度があり、こういった対策を行った場合、再診料が40円増えるが、とてもこの費用ではカバーしきれない。本気で国が感染対策に本腰を入れるなら、少なくとも再診料が増えないと厳しい。さらに施設基準が感染対策と緊急医療対策が混在しており、必要とされる酸素ボンベ、パルスオキシメータ、AEDなどは世界中の歯科医院でも一部を除き常備しているところはない。また歯科用吸引装置というものは、海外でもほとんど見たことがない機械で、欧米の感染予防ガイダンスでも触れられていない。歯科技工室の環境汚染では常備されているが、診療には必ずしも必要ない。切削物の大気中の感染は歯科用タービンより可能性はさらに低く、国際基準の沿った施設基準の変更を求めたい。

2014年6月26日木曜日

ワールドカップ 一次リーグ終わりました



 残念ながら日本代表は一次リーグで敗退。アジアのレベルを考えると順等であろう。アジア予選で日本と競ったオーストラリア、イラン、韓国があの様であれば、いたしかたない。アジアで頭2つ抜け出せないと世界では通用しない。アジア予選の対戦国のような弱いチームでは防御を固められ、それを突破するには日本らしいという攻撃的なサッカーをしないと点はとれないが、ヨーロッパ、南米の強豪国相手では攻撃サッカーは全く威力のないことを露呈した。しょせん井の中の蛙状態であった。世界の強豪国相手の試合では、防御を固め、速攻にでる、弱い国の戦いをしなくては勝てない。

 今回の結果で、確実にアジア枠は減らされるだろう。アジア選手権など、アジアサッカーの底上げがないと、今後も日本も含めたアジア勢の活躍は望めない。日本代表もコパアメリカへの参加や南米遠征、ヨーロッパ遠征などアウェーでの試合を増やし、カウンター攻撃の経験を積む必要があろう。アジア向きの攻撃サッカーと強豪国向けの受け身サッカーの両方を身につけなくてはいけない。難しい点である。それと前回のブログでも提示したが、優れたセンターFWの出現が待たれる。どうも日本代表は中盤のハーフの選手ばかりで、他国のような中心的なエースがいない。

 ワールドカップも一次リーグが終わり、これからが一番面白くなる。ダークホースはメキシコで、決勝トーナメントの最初がオランダとは厳しいが、快速ロッペンを封じれば、勝てるだろう。これを勝てば準決勝までは進めそうである。ブラジルは決勝トーナメントが南米勢ばかりと戦うことになり、お互い手の内を知られているため、苦戦しそうである。コロンビアが強いが、大きな大会での経験が少なく、ブラジルの方が優位である。アルゼンチンは南米予選の停滞から、メッシ以外はそれほど迫力なく、優勝は厳しい。ヨーロッパ勢ではドイツだけであろう。

 今回、日本代表の試合を見ていると、岡田、山本前監督の解説が一番冷静で、俯瞰的であった。一般ファンはかなり感情的に試合を見るが、監督は常に冷静に試合を見る必要がある。監督としての一種の能力のようなものだろう。オシム前監督もそうだが、戦う気持ちは選手と同じでも、相手監督の戦術、味方の疲労状態など総合的に見て、試合をしなくてはいけない。今回のザック監督もワールドカップ経験のないために、最後は世論に負けて、日本人の好きな玉砕攻撃、バンザイ攻撃となってしまった。日本が決勝トーナメントに行けたのはトルシェ、岡田前監督の二名だけで、ジーコも監督としてのワールドカップ経験はなかった。次期監督は、こういった理由でワールドカップ経験監督になることは確実であろう。これからの4年間、アジア予選向けの攻撃サッカーと本番向けの守備サッカーの両立は難しいが、がんばってほしいところである。それとあれだけ人口のいる中国は潜在的には大きな可能性がある。選手の技術が向上し、ヨーロッパでも活躍する選手が数名でるようになれば、後10-20年後には期待できる。


 過去のワールドカップの一次リーグの試合では2002年のドイツ対アイルランドが記憶に残っている。ラスト10分の魂の戦いはすごかった。

2014年6月18日水曜日

木村藹吉、繁四郎、健次郎



 木村藹吉(1840-1879)は、弘前藩の重臣の家に生まれ、1862年に福沢塾で学び、その後、洋式兵術を江川塾で修得して、藩の兵制を西洋式に改革した。戊辰戦争、函館戦争では弘前藩の大隊長として腕に砲弾の破片が当たる怪我をしながら奮闘した。維新後は、兵部省に属し、一等中警部心得として東奥義塾の学生を引き連れ西南戦争に参加するも、途中、戦いが終わり、京都で解隊して帰郷した。後、北海道の開拓を志し、39歳の若さで亡くなった。文武両備の優れた人物で、漢詩もよくした。
この人は名前好きというか、多くの名、字をもつ。先祖からの杢ノ助、藹吉、健太郎、健、繁四郎、千別、さらに名は重清、誠明、一綱、顆卵などがある。

 弘前藩明治一統誌 人名録(内藤官八郎)に中に木村千別の説明がある。
「氏は弘化の人なり。幼名、繁四郎のち、親、杢ノ助の世襲に請いて杢ノ助と称す。藹吉、健太郎氏改む。物頭役より慶応の度、御馬廻組改と成る。明治元年九月、隊士を低属して函館に入り、清水谷知府事を守衛中、同年十一月、徳川の脱艦流賊の奴等、函館を襲う。隊士を指揮して七重浜に出張、賊と大に攻撃、奮闘するも、応援の兵なく、且つ一途守衛の大野福山藩、肥前藩、松前藩の官軍合同防御するも事急にして思う図に当たらず、清水谷公もその機に迫り、青森地方へ遁走の都合に会す。一先難を諸藩と共に内地へ開きたり。戦争中、部下の隊士討死する者、三名、則ち葛西文三郎、高杉権六郎、坂本友弥等なり。明治元年九月二十日に至り、更に隊士暫加し、南部地方、野辺地に向い、南部藩を攻撃の為、惣隊長の兼にて、小湊へ出張。小隊司令官、小幡左近の惣とし、山田要ノ進、井藤運八、山川啓吉、田中又蔵、谷口永吉、高木孫一、須藤惟一等討死と成る。南部藩降伏弥弥顕れ、休戦す。討死の骸は馬門村字朝日野に埋葬し、霊は弘前冨田村領千本杉、招魂社へ納む。明治二年、更に隊士を組み、松前地方へ官軍と共に出張。江指口より上陸。各所奮戦を隊士に鼓舞し、竟に矢不来を抜き、大いに国威を●勇に表●、清水谷公の感賞を賜はる。其奮闘中に●●●。青森病院に入るといえども、疾●。平常に異なる事なし。鎮当に是を軍事の慰労を愛せられ、玄米百三十俵と御刀新、金百匁を賞典せらる。明治十年、同十一年には旧藩士を募集し、一大隊を編み、杉山上総に副へ、東京へ西南ノ役に応援す。十一年には補亡の長を荷ふて、旧藩士を附属し、再び東京へ発するも、明治十四年四月、青森往復途中、脚気症の為に惜かな、歿す。諸輩是を伝聞して、大に憚惜し、有志、大円寺境内へ功徳牌を新築して氏の霊を慰む。」

 木村藹吉の長男が、木村繁四郎(はんしろう、1864-1945)で東奥義塾から明治14年に上京し、中村正直の同人社に入り、英語を学び、さらに札幌農学校に進み、明治21年に卒業した(7期生、内村鑑三の弟、達三郎と同期)。本来は農業化学の方に興味を持ち、その方面の研究をしたかったが、父が北海道開拓事業で残した借金のため、教師となった。栃木師範、宇都宮中学教諭を経て、明治30年に神奈川尋常中学校の教諭となり、さらに二年後の明治32年には同校第二代校長となり、大正11年に退職するまでの24年間、神奈川中学校の基礎を作った。特に英語教育には熱心で、外国人教師を招き、万国表音文字を習得させた。さらにモットーの「自学自習・自律自制・和衷協同・克己復礼」は現在の神奈川県立希望ヶ丘高校に引き継がれている。いわば神奈川県下で最古の公立神奈川中学校(神中)の創設者と言ってもよかろう。東奥義塾でイングに英語を習った木村は神中でも同じような教育をしようと思ったのだろう。神経衰弱の生徒から切りつけられるという不幸な事件があったが、キリスト教徒としての慈愛に満ちた性格によるその生徒への寛大な処置は多くの横浜市民から感動された。その温顔、とくにその優しい眼は象を象徴するため、生徒は「象」という綽名をつけていた。大正12年から昭和10年まで全国中学校長協会主事を勤めた。父と同じく、漢詩に造詣が深かった。

 今東光との関係は、木村繁四郎の姉、郁が、伊東重に嫁いでいるため、母親の兄の嫁の兄、つまり伯父さんとなる。今東光の母、綾からすれば兄の嫁の兄となり、面識があった上、木村の妻、クニは今綾とは同級生で、かつ横浜の住まいが近かったため、今家と木村家は親しい間柄であった。そのため今東光が関西学院中等部を追い出された折、木村は豊岡中学を紹介した。横浜には同じ東奥義塾を出た平田平三(1860-1933、青山学院理事長)も横浜教会にいたので、木村とも親しかっただろう。ここらが弘前、東奥義塾、キリスト教、繋がりが強い。

 木村繁四郎の息子が、ビキニ原爆実験の分析を行った分析化学者の木村健次郎(1896-1988)である。東京大学教授、東京次子大学学長、日本原子力研究所理事などを歴任にした。あるインタビューでは、自分が化学の方に進んだのは、父親が化学、物理が好きだったこと、それと一戸直蔵(青森出身)の「現代の科学」に影響されたと述べている。熱心なキリスト教徒で、温厚な人柄と長身で容姿端正な姿から、“紳士”といい字が人になったらそれは木村先生と言われるくらいであった。

 木村家は三代に渡り、優れた人材を送り出した。藹吉は戦争がなければ稽古館の漢学の先生になったろうが、結果、優れた軍人となり、繁四郎は父の借財がなければ化学者になったろうが、結果、優れた教師となり、そして健次郎は化学者となった。一代ずつずれた家系である。

2014年6月16日月曜日

ワールドカップ 始まった






 ワールドカップの季節になってきた。ここ数回、日本代表の試合は、ライブで見たことがない。あまりの緊張に具合が悪くなるためである。あの中山、ラモスのでた1993年のドーハの悲劇以来、日本が攻められるとチャンネルを替え、攻撃すれば見るということを繰り返し、また負けると具合が悪くなり、寝れない。そういうこともあり、前回の南アフリカ大会では放送時間も深夜、早朝だったせいか、結果を知った上、録画をじっくり見ることにしている。

 日本、コートジボアール戦についてのコメントはあちこちで語られているので、ここでは触れないが、一戦目で日本代表も入りを警戒しすぎたせいで、消極的になったようだ。初戦は難しい。さらに雨のコンデションでややスリッピーなグランドコンデションもパスサッカーの日本は積極的に出られなかったのであろう。

 残り2勝すれば、一次リーグの突破もありうるので、自分たちのスピーディーなパスサッカーを目指してほしいものだ。ワールドカップは出場するだけでも大変なことで、一次リーグを突破するのはさらに難しい。フランス、イギリス、イタリアのような強豪国もいつも一次リーグを突破しているわけではない。アジアでこれまで一次リーグを突破したのは韓国代表と日本代表だけである。

 ワールドカップでの日本代表の試合を見て、いつも思うのは、突出した能力のFWの存在であろう。他のスポーツを違い、サッカーは必ずしも身長が高い方が有利とは言えず、アルゼンチンのメッシ、マラドーナ、ブラジルのペレのような最高なプレーヤーも小柄である。日本人は欧米人に比べて体格が劣るということは言い訳にならない。今回の日本代表のFW大迫、柿谷、大久保、岡崎とも世界的基準でいえば二流であろう。ビッククラブに在籍する本田、香川で1.5流というところか。あの程度の能力は、世界でごまんといるので、せめて体力だけでも突出してなければ、とてもかなわない。

 FW待望論になるといつも名前が出るのが、サンフレッチエ広島の久保竜彦である。キーパーをあざ笑うかのようなループシュートなどゴール前に得点能力は類型がない。私もGKBKなどを経験したが、そのいった目から見ても、久保ほどやっかいなFWは日本にいない。ヘディングも強く、小技もうまい。ただ線が細くて、スピードはそれほどではない。高原もいいFWだが、ゴール前に危険度からすれば久保には全くかなわない。2004年の欧州遠征、ハンガリー、チェコ、アイスランド戦のコンデションであれば、ワールドカップでも1流に近いパーフォーマンスができたと信じる。腰痛など故障が多かったのが、残念であるが、ワールドカップでの戦いを本当に見たかった。


 若手では、アーセナルの宮内亮にも期待していたが、ああいった走力自慢の選手は怪我も多く、今期もほとんど試合に出ていないが、一度日本でプレーして怪我しないプレーの仕方を学ぶことも必要であろう。まだ22歳なので、次回のワールドカップにはオランダのロッペンのような1流の選手になってほしいものだ。またスイスのプロにいる久保裕也も期待できる。まだまだ期待の選手は多いが、本当に世界に通用する一流のプレーヤーは10年にひとりくらいだろうし、その全盛期は一時なので、ちょうどワールドカップに一致するのは難しい。ドロクバ、久保もそうだし、往年の釜本もみんな、手の使い方がうまく、懐が深い。