2021年3月7日日曜日

難波小学校、猪俣太郎画伯

 

白髪一雄

猪俣太郎先生の絵

 小学校の図画の先生は猪俣太郎といい、私は幼稚園頃から絵画教室で教えてもらっていた。そのせいか、私には採点が甘く、一年生から六年生まで図画の成績はずっと5であった。他の科目は4だったり、3であることもあったが、猪俣先生には可愛がられた。 

 

 この先生に教えられたのは、画面いっぱいに大きく描き、空白を残さないこと、空とか壁など大きな範囲を塗るときには、太い筆で筆を洗った汚い水を使うことを教えられた。こうしたテクニックを使い、小学校1から4年までは怖いもの知らずで、阪神パークでの写生大会では大抵入賞や銅賞、銀賞など何らかの賞は取っていた。ただ金賞や特賞を取ることはなく、それほど才能はなかったと思う。

 

 6年頃にはとりわけ記憶に残っているのは、筆の先を切り取って、水彩絵の具を水もつけずの紙にポンポンとたたくようにして描く技法を発明した。どうしてこうした技法を発明したか、わからないが母親が少し油絵を描いているのを見たせいであろう。印象派のジョルジュ・スラーの点描画に近い発想である。ただこの方法の問題点は、恐ろしいほど絵の具を使うことと、時間がかかることである。友人のSくんをこの方法で描いたが、顔だけこの方法で描き、バックは水で薄めた黄土色単色で埋めた。猪俣先生が激賞してくれたことを覚えている。顔の部分は何色も色を重ねていき、厚い、ほぼ油絵のような作品となった。

 

 猪俣先生はいつも小学校校舎の端にある図工室で絵を描いていた。子供にはわからないような抽象的な作品を描いていた記憶がある。今回、猪俣先生のことを調べると、新世紀美術協会に所属し、その委員をしていた。新世紀美術協会は、和田三造。川島理一郎、大久保作次郎などで結成されたもので、現在、200名近い会員がいる。ヤフーオークションに出ている猪俣先生の作品を見ると、記憶とは違い、普通の具象の風景画を描いている。現代絵画で有名な白髪一雄は尼崎生まれで、猪俣先生も多少は交流があったのか、当時は同じような抽象画を描いていたのかもしれない。白髪は、尼崎市西本町生まれというから、今の阪神尼崎駅の南の方にあり、尼崎中央商店街の父親の呉服店二階をアトリエとして絵を描いていたようで、猪俣先生が勤務する難波小学校とは歩いて10分くらいの近くに住んでいた。白髪の作品は近年海外でも評価が高く、過去には5億円で落札されたこともあり、人気が高い。

 

 こうした有名な画家が、尼崎に住んで活動していたとは、今回調べるまでまったく知らなかった。アトリエは尼崎中央三丁目、神田中通りの木市呉服店の二階にあり、丸亀製麺の斜め前で、ここで活動していた。私は小学生でほとんど毎日のようにぶらぶらしていた界隈であるが、当時、この付近に住む住民で、こんなところに有名な画家がいて絵を描いていたとは誰も知らなかったと思う。生涯、尼崎で創作活動を行っていたというのは尼崎を愛して、そこの雑多な雰囲気が好きだったと思うし、何らかの尼崎のカオスのような喧騒も彼の作品に影響しているのだろう。ちなみに尼崎を代表する漫画家、尼子騒兵衞の事務所も白髪の生家、西本町近くで、忍たま乱太郎の小さな石の像が玄関横にある。

 

 2016年の日本人画家のオークション落札値によるランキングでは、1位は藤田嗣治、二位は奈良美智、三位は白髪一雄、四位は草間彌生、五位は白髪一雄、六位は奈良美智、七位は白髪一雄、八位は草間彌生、九位は白髪一雄、十位は奈良美智となっている。このうち、白髪は私の尼崎の実家のすぐそば、奈良は弘前出身というのは偶然であるが、案外、近くに有名な人がいるようである。

2021年3月4日木曜日

小商いのすすめ

 




 時代を先取った、切り取った本というものがある。今回紹介する“小商いのすすめ 「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ”(平川克美、ミシマ社、2012)は、本当に小さな出版社の本で、それも9年も前に発行されたものである。すでに6刷のロングセラーで、私のよく行く古書店“まわりみち文庫”に行かなければ書店で買うことはなかった。

 

 タイトルと違い、中身は雑談めいたことが多く、特に“小商い”の方法やノウハウを伝授しているものではないが、なかなか考えさせられる内容となっている。東日本大震災およびそれに伴う原発事故後の日本人、特に若者の心理的変化を通じて、新しい生き方を提示している。これは進行形であるコロナ問題が収束すれば、さらにその傾向はよりはっきりとしていくことであろう。

 

 簡単に言えば、生まれた時は平等で、その後、個として過程でお金持ちになったりとばらけていくが、最終的には死という絶対的平等へと降り下っていく。であれば、自分が本当に楽しいと思える仕事、生き方をしようというものである。いくら大金持ちや地位が高くても、そうしたものをあの世に持っていけるものではなく、無理に苦しい仕事をして生きるくらいなら、多少生活が苦しくても、幸せと感じる生き方をする、その延長上に小さくてもいいが、皆の役に立つ、やりがいのある商いをしようという発想である。

 

 昔は、何か商売をしようと思っても、家がそうした商売に関係していなければ、なかなか起業はできなかったし、それなりの金がかかった。それが今では、コンピュータ一台あれば、商売ができる環境になり、特にコロナ下の状況では、こうした考えは稀なケースでなく、普通のこととなった。むしろ衣料、本、さらには食べ物などの販売は、実店舗よりネットの方が多いかもしれない。実店舗だと周辺に住む人々が顧客となるが、ネット販売になると日本中、あるいは今後、世界中の人々が顧客となる可能性があり、ますます実店舗での販売は減るであろう。一方、田舎の小さな町のお店で、ほとんど客がいなくても、ネット販売が多ければそこで生活できる。

 

 膨張する資本主義では、無限大の消費を前提としており、例えば、テレビが出た時は、それが欲しくて皆金を貯めて買ったが、さらに一家に一台から一人一台に、そして風呂場にもテレビをと、拡大していったが、流石にもう必要ないと思いはじめた。一人が食べられる量は決まっており、いくら安くて、美味しくても限界があるように、無限大の消費ということはあり得ず、むしろ消費者の高齢化を考えると著者の言うように縮小社会になってきたと考えた方が良い。


 こうした社会では、いい会社、そこでの昇進、高い収入といった生き方より、田舎で自然に囲まれ農業をしたいという若者がいても全くおかしくはない。実際にこうした若者も増えていているようで、さらに伝統工芸品でも少しずつ若者が修行にくるケースも出ている。一流企業を中心としてピラミッド型社会よりこうした小さな色んな山があった方が面白い社会であり、日本人は昔から自分の好きなものに熱中する性格を持つため、このような新しい社会でも成功する国であるように思える。

 

 コカコーラの1990年頃のCMを見ても今とはそれほど違和感がなく、日本のシティーポップが世界中で聞かれているということを聞くと、もはや実世界、社会、実店舗はここ30 年くらいあまり変化していない。1990年の30年前、1960年はまだ車も珍しく、年配の婦人はまだ着物を着ていたことを考えると、1960年から1990年ほど、1990年から2020年は変化していない。おそらく30年後の2050年になっても実際の社会やお店はそれほど変化はないように思え、映画”2001年宇宙の旅”の世界が現実とならなかったように、未来像はもはやプラトーになってあまり変化しないのだろう。それでもネットを通じた仮想空間はどこかでプラトーになるまで今後も発展し、ベテラン教師であればネット上で家庭教師もできるし、家で専属のコーチから減量トレーニングを、アメリカから英語のレッスンも受けられる。もっと言えば、大学だって実際の授業を受けずに卒業できるだろうし、ポストコロナの世界はこうした従来の実体のある器はあまり進歩せず、逆に実体のない仮想空間、社会が急速に普及していき、都市と地方の差、先進国と途上国の差、人種、ジェンダーの差などがなくなっていくのだろう。そうした社会が一種の縮小均衡の社会なのかもしれない。


2021年3月2日火曜日

Google レビューの問題点


 

 Googleで医院を検索すると、医院の住所、場所、診療時間や写真などの他、Googleクチコミというものがあり、星による点数付けが行われます。私のところも厳しい点数を付けられています。

 

*`

“とても評判がよいと聞いていたので、予約しようと電話しましたが、電話に出た受付の方の対応が非常に悪くてとても残念でした。今すごく混んでいてーーーとなんか予約受けるのさえ嫌そうな感じだったので、別の歯科医さんにお願いすることにしました。どの業種でも、いちばん先に接する方はそこの顔だと思います”

 

“受付の態度が悪すぎる”

 

 この2名の投書の方のご意見の通り、最近はかなり混んでおり、なかなか患者さんの希望の日に予約が取れません。その結果、こうした対応になったのは申し訳ないと思います。ただ受付は、午前中は私の家内が、午後は勤続20年以上のベテランがしており、私は絶対の信頼を置いており、患者さんに対して通常の意味での失礼な対応は決してないと思います。というのは受付と診療室は近くなので、受付の電話内容は聞こえ、把握しているからです。おそらく“来週火曜日の5時に予約できますか”、“その日はすでに予約が入っています”、“それでは水曜日の4時はどうですか”、“その日の予約が入っています”、このような会話が数回続き、患者さんが怒ったと推測します。確かにこうしたやり取りは気を悪くするので、こちらから空いている時間帯を先に話すようにすることにしました。

 

 ただ他の歯科医院のクチコミを見ていても、同じように受付の応対で星一つの厳しい評価をしているケースがたくさんあります。レストランなどで有名な食べログでは、実際にその店で食べていない評価を断っています。つまりレストランでの予約の際の電話対応は、あくまでその店のサービスの一部であり、実際にその店にも行かず、料理も食べもせず、電話応対だけでの評価を受けないとしています。あくまで星は総合評価であり、店の雰囲気、従業員のサービス、料理の内容、値段などを総合したものです。上記のように電話応対はあくまでサービスの一部であり、これだけで医院を評価することは全く一面しか見ていないことになります。もしある人に電話をかけてその応対だけで、その人に会いもせず、話もせずに、こいつは星一つの最低の人物であると評価するのと同じようなものです。

 

 SNSではこうした匿名のコメントが多いのですが、私からみると非常に卑怯なやり方のように思え、子供の自殺に追い込む誹謗中傷と基本的には同質なもののように見えます。匿名で好き勝手に責任も取らず、悪口を述べ、自分が上のものとして人を評価する。自由とは制限と責任が同居するものであり、そろそろSNSにおいても匿名のコメントについては、何らかの規制をすべきでしょう。医院以外に美容院も、かなりGoogleでは厳しい評価がされる仕事ですが、少なくともその店で治療、サービスも受けないでの評価はなしにして欲しいところです。予約の受付応対だけで1評価はないと思います。

 

 中国では、強豪相手の美容院や医院を潰す目的で、悪口を書き込む低評価レビューの戦争が起こっているようですが、日本ではGoogleのレビューがその対象となっており、私のところにも低評価のレビューを一件5万円で消すという怪しげな会社からの電話が多くきます。流石にGoogle 社がこうした会社とタイアップしていることは考えられませんが、それでも利用されているのは確実であり、詐欺に加担したと言われても仕方ありません。ある矯正の先生は、こうした厳しいレビューに断固として戦い、弁護士に依頼して名誉毀損で訴訟しました。Google社も投稿者の名前を教えるようで、結果、そこの患者がちょっとしたことで腹を立てて、誹謗中傷するような投稿をしたようです。父親は平謝りし、投稿の削除とお詫びのコメントをしましたが、これでは怒りが収まらず200万円の損害賠償をしているところです。ちょっとした発言も場合によっては大変なことになってしまいます。ただこうした反論をする人は少なく、私も含めて多くの歯科医あるいは医者、従業員は、こうした低評価には凹むようで、早く辞めたいと漏らす人も多くいます。無責任に1のレビューを評価をする人はこうした影響もあることを考えておいて欲しいと思います。


 

2021年3月1日月曜日

COカリエスの処置 

 

COカリエス(日本学校歯科医会より)

COカリエス(学校歯科医会より)、今回はもっと小さなCであった

学校歯科パンフレットより


 COカリエスというのは、慢性の進行が遅い、虫歯のことで、私も第二大臼歯の4本は黒く着色しているが、すでにそういう状態で50年以上進んでいない。こうした歯は案外多く、新潟、酒田の日吉歯科、熊谷先生は30年以上前から、COカリエスは経過観察し、進行するようだったら治療するように指導してきた。ただ残念なことに経過観察している歯がすぐに違う歯科医院で治療されてしまうと嘆いていた。昔、虫歯は早めに治療するように言われていたが、進行性でなければ、すぐに治療する必要はないと個人的に思っている。COのまま放っておくより、あまり上手くないレジン充填の方がよほど悪くなる可能性は高く、治療介入することでかえって予後を悪くする。今の患者さんは、昔に比べて虫歯も少なく、あったとしてもCOカリエスの場合も多い。ただ歯科医院によっては、虫歯だからとすぐに削って詰めるところもあるので、数年以上そのまま変化していなければ、歯科医にCOカリエスじゃないかと言って欲しい。もしダイアグノデントという虫歯の程度を数値化する機械があれば、それで測ってもらうか、経過観察にしてもらうことを勧める。

 

 患者さんにどこで虫歯の治療をすればいいですかとよく聞かれるが、いつも行く歯科医院にいってくださいと必ずいう。なぜなら歯科医というのはおかしな習性を持ち、多くの歯科医は自分のところが最高の治療をしていると考えている。そのため、他院で治療したところはやり直しするところが多い。先にあげた歯科医院の治療でもおそらく他院に行けばやり直しとなる。そして、つめたところをやり直す場合は必ず前より歯を大きく削ることになり、何軒も歯科医院を変えるたびに、どんどん歯を削り、処置範囲も大きくなる。そういうことを避けるためにも同じ、かかりつけ医に行き、進行している歯についてのみ治すのが一番よいことになる。さらにひどいケースになると、弘前の方でインレーなどの金属で治療したところを、進学などで東京に行くと、白いのに変えた方がよいと説得され、悪くなくても全てCAD-CAMのセラミックや硬質レジンインレーや冠に変えられるケースが多い。それに伴い削る量が増え、今度は破折してインレーは冠に、冠は抜歯、インプラントとなる。これなどは医療というよりは金儲けとしか言いようがない。ちなみにこうした歯科医に聞くと必ず患者が白い歯を希望したというが、これは嘘で、歯科医がそうするように勧めた場合がほとんどである。

 

 できればかかりつけの歯科医院を決め、そこを信頼してずっと通うことが、歯の予防には一番よく、特に40歳以上になれば、虫歯の問題は少なくなっても、歯周病の問題が出るので、必ず、定期的に歯科医院でメンテナンスをしてもらうことが大切である。私の尊敬する先生は、患者が高齢者施設に入っても、往診をし、最後まで診たいと言っていたが、こうした主治医を持てれば最高であろう。

2021年2月25日木曜日

東奥義塾 英語を重視した中学校 新設

 



 弘前の東奥義塾高校では、来年4月に英語教育を重視した中学校を新設すると発表した。従来の英語授業のほか、数学、理科、社会の3教科を英語で行い、週4時間の英語学習を11時間程度に拡大される。中学生から英語を大いに学ばせ国際的な人物を養成しようということであろう。ネット時代、世界はますます距離のない、ボーダレスの世界になっており、その共通言語としての英語の価値が高まっている。大学、ことに私立大学の入学試験を見ても、英語の比重が高く、文系学部では英語の成績が悪いとなかなか有名私立大学に進学することは難しい。こうした社会変化に対応した東奥義塾の試みは評価できる。

 

 授業を全て英語で行う学校といえば、以前から日本に住む外国人を対象にしたインターナショナルスクールがあり、本来、日本人の入学は許されなかったが、一部の日本人の親がわざわざ無理して自分の子供を入学させていた。確かこうしたインターナショナルスクールは日本の高校として認可されていないので、もし日本の大学を受験するなら、大検を受けなければいけなかったと思う。基本的には海外の大学進学を前提とした学校であった。その後、国際バカロレアというスイスにある団体の教育スケジュールの沿ったカリキュラムを実践する学校が登場し、国際バカロレア認可校として認められると海外への大学進学に有利となる。日本政府もサポートする教育システムであり、方式もいろいろあるが、現在日本国内で認定校は35校くらい、東北では仙台育英学園高等学校がある。

 

 実はこうした取り組みは、明治時代にもあり、東奥義塾でも授業のほとんどを英語で行い、同校の卒業生で陸軍中将となった浅田良逸の談話では、陸軍士官学校に入学してもしばらくは数学や化学の授業がさっぱりわからなかっという。というのは、浅田は東奥義塾でこれらの授業を全て英語で授業を受けていたので、日本語の授業についていけなかったようである。逆に弟の笹森順造は、弘前中学、早稲田大学卒業後に渡米したが、英語が当初、ほとんど分からず、地元の小学校のクラスに入学して学んだようである。兄の笹森卯一郎は、東奥義塾を卒業し、そのままアメリカのデポー大学を優秀な成績で卒業し、哲学博士号を取得したのに比べ、苦労している。他にも横浜共立学園も、明治の初め、学生の多くは寄宿生活、また英語のみの授業であったので、ここの卒業生、岡見京、菱川やす、須藤かく、阿部は留学した女子医大でも優秀な成績で卒業しており、渡米した直後でも綺麗な英語を話すと地元新聞でも書かれている。

 

 こうした事例でわかるように、国際バカロレアのような英語による授業を受けることはアメリカの大学に留学する際には大きなメリットとなりそうである。ただ問題は、こうした優秀で、海外の大学に進学する学生にとっては優れたシステムであっても、普通の学生にとっては英語の授業はかなり大きな苦痛となる。明治時代に東奥義塾でも、英語の授業はさっぱり分からんと不満をいう生徒も多く、こうした授業についていけ、進級する生徒はわずかで、初期の卒業生は毎年、数名足らずであった。これでは入学する生徒も減るため、少しずつ英語による授業を減らし、再興した大正期からは通常の学校となった。同様に横浜共立学園も外国の宣教師が減少するにつれ、日本語の授業が増えていった。

 

 国際バカロレアの中学生からの教程を持つMYP(Middle Years Programme)は、認定校の中でも少なく、インターナショナルスクールを除けば、11校しかなく、東北では仙台育英の中学校、今年4月開校の秀光中学校が最初の試みとなる。東奥義塾も将来的にはこうした国際バカロレア認定校を目指していると思うが、積極的な留学生の受け入れと生徒の海外留学なども必要と思われる。さらにいうと、国際バカロレア認可校の多くは、最近の国際化に伴った新たに開校した学校で、宗教的バックボーンがある学校といえば関西学院千里国際中等部、高等部くらいで、ここも母体は東奥義塾と同じプロテスタント系の関西学院大学であるが、中高の開校は1991年にできたばかりである。東奥義塾は、伝統あるプロテスタント系学校としての特徴を生かし、欧米、アジアのプロテスタント系学校と提携を結び、相互学生交換なども視野に入れた方が良い。また一度は挫折したが、中学新設を機会に、本多庸一、阿部義宗、小坂ガン城(父親が弘前出身)、笹森順造の4名の院長、第3代理事長、平田平三ら、東奥義塾と関係が深い青山学院大学との提携、推薦枠の増加を図りたい。また初期の留学生がいったアメリカ、デポー大学にも、将来、東奥義塾から卒業生が進学したらと思う。

2021年2月22日月曜日

日本の核武装

 






 伊藤貫著「自滅するアメリカ帝国 日本よ、独立せよ」(文春新書)は、非常に面白かった。トランプ政権のことが書かれていないので、不思議に思って、発行日を調べると、2012.3.20で8年前のもので、第5版となっており、長く売れているようだ。こうした政治トピックの新書は、せいぜい賞味期間は5年ほどで、通常、現時点で読むとかなり違和感が強い。それに対して、本書は8年前のオバマ政権下のアメリカの特徴を捉えたものであるが、「一極覇権戦略」、「アメリカ例外主義」、「デモクラティック`・ピース・セオリー(民主主義国家はお互いに戦争しない)」、「デモクラシー・ユニバーシズム(民主主義を世界中に広めよう)」、「主権制限論(ならず者国家には軍事力を行使する権利がある)」、「ヘジュモニック・スタビリティー・セオリー(超越した軍事力、経済力、外交力を持つ国(アメリカ)が国際政治と国際経済システムを安定化すれば、世界平和と経済の繁栄が生じる)などが説明され、アメリカが世界を支配しようとする体制はいずれ崩壊し、世界は多様化することを予言している。こうした流れは中国の巨大化によってますますその傾向は強くなり、現在ではインドも大きな存在となっている。世界の多様化は人類の歴史では必然であり、最終的にはそれぞれの国が独立してパワー・オブ・バランスの状態となることが望ましいとし、その方向性の一つに一番安く、日本がアメリカなどの最強国と独立する方法として著者は核武装を唱えている。

 

 現在、核兵器を持つ国は、アメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランス、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮である。このうち戦略核、ICBMを持つ国は、アメリカ、ロシア、中国、フランス、イギリス(アメリカ製)、インド(5000kmで中国まで)、イスラエル(7000km以内)、北朝鮮(?)の8カ国であるが、超大国であるアメリカを射程に入らなければ、独立国としての核武装は意味がないし、さらに秘匿が完全に行われる潜水艦からのICBM を発射できる国となると、このうちアメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランスの5カ国となる。つまり核武装によりアメリカから独立するのは、北朝鮮が行おうする方法、射程10000km以上のICBMと戦略潜水艦(原子力)の保有である。さらに言うと準備に時間がかからず、移動しやすい、潜水艦にも搭載される強力な固形燃料ロケットが必要となる。つまり核兵器を持つ条件として、ロケットと潜水艦技術が高いことが挙げられる、この点ではインド、パキスタン、北朝鮮がアメリカなど5カ国に追いつくのは相当に厳しい。それにしてもイスラエルは、イスラム諸国から見れば東アジアの北朝鮮と同じであるが、アメリカから核とミサイル技術を、ドイツからは潜水艦を供給され、厚遇されている。あの国がなければ、中東の平和はよほど維持されていたと思うのは私だけだろうか。

 

 核を持っていない主要国で、ロケットと潜水艦技術が発達しているのは日本とドイツであるが、日本はドイツ以上に発達しており、ロケットは固形燃料ロケットでは世界でも最高能力を持つイプシロンが、また潜水艦では世界でもその静粛性と深い潜行ができる“たいげい型”がある。ロケットの制御技術も素晴らしく発達しており、現状でもイプシロンロケットに搭載された何かを10000km離れたところに正確に落とす技術はあるだろう。もちろん肝心の核兵器そのものは全く開発されていないが、それでも日本の科学技術がパキスタンに負けることはなく、実際の核実験をしなくてもスパコン「富岳」などを投入すれば、設計は可能であろう。

 

 攻撃型ミサイル開発の方が、そのミサイルを撃ち落とす迎撃型ミサイルシステム開発より安い。ミサイル防衛導入整備費に累計2兆円かかるされているが、それだけあれば、日本でもフランスやイギリス並みの核武装ができるだろう。北朝鮮や中国から日本が核攻撃を受けても、自国に攻撃がないと判断すればアメリカは決して反撃はしない。国際政治は冷酷なもので、将来的に中国や北朝鮮から核攻撃をチラつかせた脅しがあっても、アメリカにすれば対岸の話である。本書にも書かれているが、アメリカにとってイスラエルこそが一心同体の特殊な国であり、人口900万人足らずの国のために、この国の核武装を積極的に応援し、湾岸戦争、イラク戦争そしてシリア問題なども全てイスラエルのためにアメリカが戦争している。アメリカの現在の国防力は世界で同時に二箇所での戦争ができないため、イスラエルがある限り中東から撤退できず、今後とも北朝鮮、中国との対決はあくまで経済制裁のみとなる。日本は中国、北朝鮮あるいは韓国に対してはアメリカを頼らない軍事力を確保する必要があり、その中で一番安い方法が核武装なのである。

 

 とここまで書いたが、実際には日本の核武装は世論の反発が大きく、またアメリカ、ロシア、中国の反発も大きく、不可能であろう。それでも百億円程度の研究費で、核武装の可能性をシュミレーションするだけでも、外交的大きな武器となる。学術会議では戦争に関連する研究はするなと言うことだが、ある意味、核武装の研究は何よりの平和維持に繋がる。この本の著者も言っているが、日本では親米の右翼も反米の左翼も、ともに核武装の合理性に反発するのはおかしい。ドイツ、イタリアなどのようのアメリカの核兵器をシェアリングする国もあり、ドイツでは最近、こうした核兵器を搭載するF/A-18Eを核兵器攻撃機として購入することが決まった。日本でもこうした声があるし、隣国の韓国は核兵器を持ちたくてしょうがない。空想として戦略型の原子力潜水艦の保有を夢見ている。

 

 北朝鮮の核など、たかが数発程度であり、日本民族が消滅するという意味ではそれほど怖くはないが、中国については日本の東京、大阪、県庁所在地を完全に消滅する数の核兵器を持ち、1950年代の大躍進では数千万人、1960年代の文化大革命では数百万人の自国民を平気で殺すこの国にとって、日本を核攻撃するためらいは全くない。ただ毛沢東も言ったように「核戦争も別に構わない。半分死んでも後の半分が残る」と考える人たちなので、日本が北京を完全に消滅できる核兵器を持っても全くの脅しにもならないかもしれない。さらに隣国、韓国がアメリカの命令を無視して核武装するなら、必然的に日本の核武装論争も高まり、それを防ぐためにも、北朝鮮の消滅が不可避となる。



2021年2月14日日曜日

韓国、中国には印象派、ゴッホ、ピカソの絵画がほとんどない、

 

韓国の私立美術館、澗松(カンソン)美術館

国立西洋美術館



  私は印象派の作品は好きで、東京に行く時には上野の国立西洋美術館によく行く。コルビジェの建物自体興味深いし、所蔵するルノワール、セザンヌ、モネの優れた作品をじかに見ることができ、楽しい。さらに岡山まで足を延ばすと、倉敷の大原美術館には、ゴーギャン、カンディンスキー、マティス、モディリアーニなどの作品が充実しており、何も欧米に行かなくても、国内だけで結構、西洋画の名品を見ることができる。

 

 実はこうしたことができるのは、アジアでは日本だけで、隣国の中国や韓国は近年多くの美術館ができたが、主として現代美術が中心で、印象派の作品やピカソなどの作品はほとんどない。韓国人の好きなゴッホの作品は、日本には20以上の作品があるのに対して、韓国では“横たわる牛”という個人蔵の作品が一つあるだけで、美術館の所蔵品はない。もちろんセザンヌやルノワールのような印象派の作品はなく、またピカソの作品も調べる限り油彩の作品は韓国にはない。中国や他のアジア諸国にもこうした西洋画の名品はなく、アジアでは日本が飛び抜けて多い。ある意味、アジアの美術好きの人にとっては、日本はたまらないところであろう。

 

 昔は、税金も安かったせいで、お金持ちは多くの金を残せたし、趣味にも多額の資金を回せた。大原美術館の例で言えば、倉敷の実業家の大原孫三郎は画家の児島虎次郎のヨーロッパ留学を支援し、彼にヨーロッパでの絵画収集を任せた。1920年頃のことで、児島を通じてモネ、マティス、ロートレックなどの名画を入手し、その後、1930年に美術館ができた後もルノアール、ピカソ、さらに戦後になってもコロー、ピカソなどの作品を購入した。ブリヂストン美術館は、もともとタイヤメーカーの石橋正二郎のコレクションをもとにしたもので、ここにもゴッホ始め、印象派の名品が多く存在する。また国立西洋美術館は戦前、ヨーロッパで多くのコレクションをした松方幸次郎の作品が中心で、ここにもゴッホ、ルノアール始め多くの印象派の優れた作品がある。

 

 ゴッホ、ピカソの作品は今や投機対象となり、作品によっては100億円以上となり、とても美術館では買えないものになっている。日本の個人コレクターが収集していた時期は戦前、あるいは1950年頃で、この当時はこうした作品もそれほど高くなく、多くの優れた名品が日本にやってきた。ところが韓国、中国が経済的に発展し、ようやく美術館を建てられるようになった2000年以降は、名品はもはや市場に出回らないし、出回ってもすごい金額で入手できなくなった。今、高額な価格で買えるのはカタールなどのオイルマネーの産油国だけになっている。

 

 一方、日本ではつい最近まで相続税がばかみたいに高く、相続額の70-80%が税金として取られた。多くの名画を持つ場合、相続税も大きくなり、場合によってはコレクションの一部を売らなければ相続税を払えず、そうした場合、美術館を作って、そこに寄贈した方がコレクションの分散を防げる。こうしたことから日本では多くの民間の美術館が登場した。西洋画のコレクションで言えば、ブリジストン美術館や大原美術館以外にもポーラ美術館、松岡美術館、日動美術館などは印象派の作品も充実している。また損保ジャパン美術館ではゴッホの代表作のひまわりを見ることができる。さらに日本美術については枚挙ないくらい多くの民間の美術館がある。こうした個人の美術館が多いのは、資本主義国家の象徴であり、個人の事業主がその莫大な富を美術品収集に注いだ結果であり、アメリカにこうした美術館が多い。アジアでは近年までアートコレクションをする実業家は少なく、唯一、韓国にある民間の澗松(カンソン)美術館が例外であろう。早稲田大学を卒業した朝鮮の大金持ち、チョン・ヒョンビルがその個人資産で収集した朝鮮の美術品を集めた美術館で、ここには韓国の国宝が12点ある。チョンは1938年にこの美術館を設立したが、留学先の日本で見た多くの日本人実業家の美術コレクターの存在がきっかけになったと思う。ただ相続税のために、同美術館が保有する仏像2体を最近、3億円で競売したが、高すぎる、贋作の可能性があることから、結局、誰も落札しなかったというオチもある。

 こうした美術館やそこの収蔵作品を見るだけでも、アジアでは日本が頭一つ近代化、西洋化の先頭に立っていることがよくわかり、急速に経済発展を遂げる中国、韓国、台湾なども西洋文化の歴史という点ではまだまだである。同じようなことは、科学の分野でもそうで、まだまだ韓国、中国のノーベル賞受賞者は日本に比べて圧倒的に少ない。