今、ネットフリックスで、占い師で有名だった細木数子の一生を描いた作品が放送され、話題になっている。私自身、占いはあまり信じない方だが、それでも人から貴方の今年の運命はこうだから注意しなさいと言われれば、少しは気にする。
あれは開業前のことであるが、1994年の年末、家内の母親が津軽地方独特の慣わし、カミサマ(ゴミソ)と呼ばれる占い師のところに行き、開業して成功するか見てもらった。そのお告げでは、5年以内に失敗するからやめた方がいいというものだった。すでに医院もほとんどでき、あとは開業するだけの段階であったので無視した。ただ後になっても嫌な気分は残った。
こうした何か迷いごとがあれば、カミサマのところに相談に行くのは、津軽地域ではごく普通である。テレビなどではイタコの口寄せなどが興味本位で語られることは多いが、実際、亡くなった人の言葉を口寄せで聞くというより、何か迷いごとや家族の運勢を占ってもらうことが多い。岩木山山麓の赤倉地域は昔から霊場として有名でだが、普通の家に神棚のようなものがあり、女性の占い師が、相談に乗ることが多い。一番多いのは結婚相手、就職、病気などで、占い料も結構安くて確か3千円くらいである。信じる人はたとえ、私のように高額な費用を払った事業でも辞める人がいるようで、わけがわからない。もちろん、占いなので、文句は言えない。私の場合はその後、30年間、開業していたが、特に問題はなく、占いは100%外れた。逆に言えば、よく本物の神様でもないのにカミサマと称して、人の運命を平気に語れるなと、その厚顔さに呆れる。
ただ大阪人としては、この占い師は頭が悪いと思ってしまう。なぜなら占いで悪い結果を喋り、3千円の鑑定料をとるくらいなら、それを解決する方法を伝授しないと金にはならない。たとえば、今年開業するのはかなり危険であるが、この仏様を毎日、祈祷すれば、難を逃れるとし、その仏像を十万円で売ればいい。人の運命を言い切るくらいの勇気があるのであれば、その厚かましさのまま、解決法も伝授すべきであろう。
よくあるのは結婚相談で、母親が娘の結婚を相談にきて、やめた方がいいというお告げをもらったとする。これを娘に言えば、当然母と娘の間に軋轢が生まれる。外れても娘は親を恨むだろうし、当たれば親はそれ見た事かと思うだけである。いずれもいいことはない。宗教ではその解決法を提示するが、津軽のカミサマは言いっぱなしであり、それもオブラートに包んだ表現が苦手な津軽人はひどいことをいう。
うちの両親は、神戸の宗教団体に入り、何かさまざまな悩みを教祖に相談していたが、大抵は何らかの解決法、教祖が家にきて、祈祷するなどをしていた。つまり占いとその解決がパックとなっていた。この宗教団体には多くの地元企業のオーナーが相談に来て、成功した場合は、多大の寄付をしていた。中には今では超有名な企業の会長が、企業の方針を決定するためのよく相談に来ていた。2つの方針があったとしよう、熟考に熟考を重ねても決断をできない案件に関して、最後をこの教祖に決めてもらうということで、コイントスで決めるよりはましと考えたのだろう。気持ちに踏ん切りをつける上でも、こうした霊感を持つ教祖が必要だったのだろう。大本教の出口王仁三郎に可愛がられた教祖であった。個人的は今でも尊敬している。
寺山修司の描くおどろおどろしい世界は今でも津軽では残っており、日常生活の中にカミサマのような存在が時折、顔を出すところである。そしてあそこのカミサマはよく当たるとして、何度も訪れる人も多い。近くのロピアでも、レジ前に電気治療器?の案内をする会場があったが、連日、満員御礼状態が続き、ロングランとなり、今は五階にさらに大きな会場を作っている。ここもいつ見ても満員である。また健康食品の催眠商法も弘前では人気があり、会場前は自転車でいっぱい、中を覗くとたくさんの老人がいる。聞いた話では他県に追っかけに行く老人もいるようだ。








