2024年7月8日月曜日

「医学は科学に基づくアートである」であり、アートは時間をかけて師匠から学ぶしかない。

 



アートといえば、今は芸術、美術を指す言葉となっているが、元々の意味は手作業あるいは手作業で作られたものを指す。それゆえ、医学もアートの一つであり、有名なオスラーの「医学は科学の基づくアートである」、この有名な言葉も医学とは勉強だけでなくスキルも必要ということになる。外科医は、解剖をしっかり学ばなくてはいけないが、同時にメスで切り、縫う、しっかりした技術を学ばなくてはいけず、これがアートである。内科でも、内視鏡検査はアートであり、注射もアート、あるいは種々の病名の可能性の中から一番的確な診断をするのもアートといえよう。医学の中でも、科学以上にアートの比重が高いのが歯学である。もちろん歯の解剖から、顎の成長発育など、本を読んで学ぶことも多いが、それ以上に実際に歯を削り、治療をするのは全てアートの領域となる。つまり歯科ほどアートの側面が大きい医療はないと言っても良い。

 

それではアートは誰にどのように学ぶのか。これはギリシャ、ローマ時代から、はっきりしていて、師匠から時間をかけて学ぶに尽きる。師匠が見本を見せ、弟子がそれを少しずつ真似、そして上達して、独立していく。これがすべてのアートの学び方である。私の場合でいえば、歯学部六年生の実習では、患者が配当され、その治療を担当の先生から学び、少しずつ治療を経験していく。小児歯科では、当時の神山教授から1年間、手取り足取りで、治療技術を学び、その後は、先輩のチェックを受けて上達していく。同様に矯正歯科に移ってからも、最初は新人教育、さらに指導医からいちいちチェックを受けながら、治療をしていき、次第に一人前になると、今度は新人教育をする。こうした師匠と弟子という関係の中で臨床技術、アートを学ぶ。

 

開業後は、こうした機会がなく、講習会などを受けて、その技術を学び、それを日常臨床に少しずつ活用して、ものにしていく。これまで、何十ものセミナーを受けてみたが、実際に使うのはごく限られており、基本は大学で学んだものが多い。そのため、開業してから、新たに領域に取り組むのは非常に難しく、リンガル矯正やインビザラインについては大学で学んでいないので、セミナーを受けたが、ほとんどしたことはない。どうも自信のないものをやりたくないのであろう。

 

こうしたわけで、歯科医にとってのアートは、開業前にどれだけ学んだかに尽きる。優れた師匠に学べば、レベルの高い治療ができる。ただここでも問題があり、東京で自費専門の有名な歯科医院で勤めたとしよう。患者の多くは、この有名な先生の治療を受けたいために高い治療費を払うために、ここでのメインの治療を研修医はさせてもらえず、見学だけとなる。こうしたところに数年いたくらいでは、師匠のレベルには達しない。下積みも含めて長い期間の修行が求められる。やはりこうしたアートの研修となると、大学病院がメインとなる。最も優れた研修期間はアメリカの3年の専門医教育であるが、授業料が年間1000万円以上する。臨床だけでいえば、昔の東京歯科大学のOBで作った火曜会の先生などのところでの治療はレベルが高かった。こうした先生のところで研修を受けた若手はいい治療をする。この辺りの感覚は、ほとんど理容、美容、あるいは料理店の修行形態と同じ流れである。

 

ところが今の若い先生の場合、研修医を卒業すると、全国展開のチェーン店に勤めることも多い。こうしたチェーン店は、郊外にあり、卒業後3、4年後の先生が院長となり、そこに新人が配当され、この先輩から習うことになる。そのため、治療だけ見れば、例えば、乳臼歯の隣接面レジン充填でもいわゆる鼻くそ重点と呼ばれるひどい治療を平気でしている。おそらく先輩がこうした治療をしていたのだろう。あまりにひどい治療をしている患者を見ると、「かなり年配の先生で治療されたのですか」と聞くことがあるが、「最近開業した若手の先生です」と言われ驚く。

 

以前は、少なくとも大学6年生で、当時の大学レベルの治療を担当の補綴、保存、口腔外科、小児歯科の先生から学び、叱られたりもしたが、今は大学でそうした教育があるのは国立大学だけで、研修医になっても見学が中心というところもある。オスラーの「医学は科学に基づくアートである」であり、アートは時間をかけて師匠から学ぶしかない。YouTubeや講習会で学ぶことは簡単で便利そうであるし、何より師弟関係という若者にとって苦手な人間関係も必要ないが、基本、土台ができていないので、それ以上飛躍はできない。一流の寿司屋で修行せず、寿司講習会、YouTubeで勉強した人が銀座で高級寿司店を開業することはあり得ないが、歯科では全く矯正歯科の修行もしたことがない歯科医が平気で銀座でインビザライン矯正歯科医院を開業している。師弟関係というのは、単純に技術を習うだけでなく、師の仕事に対する姿勢や考えを教えてもらうものであり、これだけは実際に師匠に叱られ、飯を食べ、褒められ、話し合って獲得するもので、これがアートの肝といえよう。


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