2009年1月29日木曜日

かむ能力の発達




 歯科の最も大事な仕事は、食物をよく咬(か)めるようにすることです。そのため歯科治療によってどれだけ咬めるようになったか調べることは重要なことです。治療前後のかむ能力を調べる客観的な方法として咀嚼能力測定法があります。古くは生米をかませ、どれくらい小さく破砕できるかを篩(ふるい)で調べる方法がありました。一定回数かませ、ある大きさの篩に残った生米の重さを調べるものですが、手間がかかること、子供には使えないなどの欠点がありました。他には、圧により破れると赤い色素を放出するマイクロ粒子を袋にいれて、かませ、その色の濃度からかむ能力を調べる測定法もあります。

 大学にいた当時、子供のかむ能力はどのように発達するのか、また矯正治療の前後ではどのように変化するかを調べようということになりました。その場合、子供にも使える測定法として考えたのがチューインガムを使ったものです。チューインガムは水溶性糖分の含有率が80%くらいあり、そのため一枚3gくらいのチューインガムをずっとかんでいると、その重量は1/3以下になります。これを応用して一定回数かませ、咀嚼前後の重量差を調べたものをかむ能力とするわけです。ただ長くかんでいると唾液に触れる時間も長くなり、それだけ糖分が溶けやすいため、咀嚼時間も加味する必要があり、70回かんだときのチューインガムの重量差(溶出糖量)を咀嚼時間で割った時間当たり溶出糖量をかむ能力としました。こどもにチューインガムを渡し、70回かむまでの時間を測定し、はかりで重さを測るのです。

 幼児から成人までの753名について調べた結果が、上の図です。幼稚園に行ったり、小学校に行ったりとデータ集めは大変でしたが、測定試料がチューインガムのため、測定にはみなさん協力的でした(咀嚼能力の発達経過に関する研究ーチューインガム法による検討ー 小児保健研究49:521-527.1990)。

 年齢が上がるにつれ、かむ能力が増えること、男子の方が女子よりかむ能力が高いこと、3歳から4歳と小学5年生から中学2年生の2つの時期に大きく増加することがわかりました。前者はかむ技術(神経)が向上したせいだと思われます。また小学5年生くらいからは体力も向上してかむ力(筋肉)が大きくなった結果と思います。そして小学2年生から5年生にかけて一時下がるのは、乳歯が抜けて永久歯の交換時期にあたっているためと思います。パーセンタイル図も作りましたが、この範囲以下の測定値は注意が必要ということになります。

 この実験では、ロッテのジューシーフレッシュガムを試料として用いてましたが、途中からガムの成分がかわり、旧製品を買うために、沖縄まで発注した記憶があります。その後、ロッテと咀嚼測定用のガムを開発しようということになりましたが、途中で頓挫し、その後昭和大学の先生方の努力で製品化され、市販されています。これを使えば色の変化でかむ能力が調べられます(咀嚼力測定ガム ロッテ)。

 人間の歯はうさぎやねずみと同じく、少しずつ出てくる性質を持っています。上下の歯が互いに当たり咬むように自然になっているのです。そのため上下の歯が開いている開咬という不正咬合は動物ではイヌを除いてあまりありません。矯正治療ではワイヤーやゴムを使ってかむようにしていきますが、患者さんによっては装置を外すとまた咬まなく症例があります。本来、食物を食べると言う点では、咬んでいる状態から咬まなくなるようになることはありえません。この原因は、ひとつはあまりかまないため、かまなくなったということと、舌が悪さをして隙間を開けるのです。舌の役目は、発音以外にも食べ物を左右の歯に送り、飲み込むという重要な役目があります。かまない子供は、こういった舌の働きも弱く、たとえば右でかんで細かくした食塊を今度は左の送り、そこでさらに小さくして、今度はまた右に送り、飲み込むといった機能が劣っており、食べたものをそのまま飲み込んでしまいます。昨今は柔らかい食品があふれているため、かまなくても全く問題がありませんが、原始人のような環境ではそれは死を意味します。肉や木の実などを十分に咬まなくては飲み込めないでしょうし、栄養にできないからです。

 かむ能力の発達の図をみても、3歳から4歳ころは色々な食品に挑戦させ、できればレトルト食品のような加工食品ではなく、自然の食物をかむ技術のようなものを身につけさせ、また小学5年生から中学生ころには、食べ物を早飲みするのではなく、左に20回かんで、舌で右に送り、そこで20回かみ、再び左で20回かんで飲み込むような、しっかりとかむ習慣を身につけたいと思います。とくに食事中の水、これは食べ物を流し込むため、あまりよくありませんし、同様にお茶漬け、牛乳やジュースの飲み過ぎもよくありません。

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