2010年11月13日土曜日

矯正歯科専門医



 日本矯正歯科学会は、1926年の創立された矯正歯科分野では最も大きな学会で、現在会員数は6000名を越えます。大学教官、専門医のほとんどがこの学会に所属しているといっても間違いありません。
 1980年ころからでしょうか、医科の各科でアメリカの専門医制度倣った制度を日本でも作ろうとした動きがあり、そういった学会が集まって協議会のようなものができました。もちろん日本矯正歯科学会も、歯科の専門医制度協議会に参加して論議していました。一応、1990年から認定医制度というものができ、歯科大学の矯正歯科講座に5年以上、常勤で所属し、規定の症例数と臨床論文があれば、認定医の資格がとれることになりました。私は一回目の試験を受験しましたが、当時は配当患者数も多く、5年以上毎日、外来で仕事していれば、規定症例数は十分ありましたので、その症例名を書いて送ると書類審査で認定医になれました。簡単だった記憶があります。その後も5年おきに学会に出て出席ポイントと研究発表があれば、更新できました。
 当時の歯科学会では、小児歯科、口腔外科や補綴学会でも大体こんな感じでしたので、必ずしも日本矯正歯科学会の認定医制度が簡単であったということはありません。ただ当時から、こんな試験じゃ、臨床の良し悪しはわからんだろうという声は確かにありました。それでも5年以上矯正科に残って、相当数の患者を見たであろうし、主任教授がその能力を保証するのであれば、一般歯科医に比べて矯正歯科の臨床能力ははるかに高く、学会認定医としても十分認められると考えられていました。ところが、ある先生が、この認定医制度をくわしく見てみると、提出症例に重複がある、常勤でない先生でも認定医になっているという不正が見つかりました。患者数の少ない病院では、配当患者数が少なく、規定症例数を集められなかったこと、週に一回、月に一回、研修のため大学に来ている先生に頼まれて、書類上で常勤としたことなどによります。名前は伏せますが、ある大学では相当数のこういった不正が見つかりました。その後、抜本的な制度の改革がなされ、重複症例のチェックや症例を実際に提出し、審査するような試験方法になり、近年では相当難しくなっています。とくに大学病院では患者数も少なくなり、規定患者数を集めるのが大変むずかしくなり、そのため認定医を取るのに7,8年以上かかることもまれではなくなりました。
 一方、医科の方からも従来の認定医制度はペーパー試験が主体で臨床能力がわからないという声が増え、少しずつ臨床能力を見る試験に転換していき、名称も認定医から専門医に変わってきました。ただその場合、多くの学会では認定医制度がすでに動いていましたので、これまでの認定医は自動的に専門医に昇格する手段をとりました。日本矯正歯科学会では、認定医自体がさまざまな批判があったので、さらに抜本的な制度を作ろうと、認定医試験とは全く別の、より高度な専門医試験制度を作ることにしました。
 第一回の日本矯正歯科学会の専門医試験は2006年に行われました。私は第一回の試験を受けました。アメリカ、ヨーロッパの専門医試験に準じた10のカテゴリーの症例を持っていき、審査を受けるものです。一回目は矯正専門開業20年以上の日本中のベテランが集まり、合格率が60%程度でしたのでかなり難しい試験でした。150名くらいがこの試験で専門医になったと思います。二回目、三回目、四回目の試験は私も試験補助員として試験のお手伝いをしましたが、10症例のうち1症例でも規定の得点に達しないと不合格になります。症例の選定も重要な要件になります。ただ9症例が非常にうまく治療され、1症例のみ悪くて不合格というよりは、全体的にあまりよくない場合に不合格にする傾向があるようです。二回目以降の受験者数は少なくなり、合格率もさらに下がり、最近では40%くらいと思います。また5年おきに更新をしますが、これも5年の間に治療した3症例を提出して合否を決定します。
 試験自体は、完全にブラインド、受験者の名前が隠されますので、かなり公平な審査が行われており、過去には何人もの教授もこの試験に落ちています。さらに大学病院では、患者数も少なく、少ない患者は新人研修にまわされるため、准教授、講師、助手などの中堅の先生は臨床にタッチすることは少なく、専門医試験を受けにくい状況です。全国の歯科大学附属病院の矯正歯科で、専門医がいないところも多くあります。北大に1名、東京歯科大に6名、日大歯学部に3名、日本歯科大に1名、東京医科歯科大に1名、昭和大歯学部に2名、松本歯科大に3名、これ以外の歯科大学には専門医がいません。医科大学ではあり得ない状況だと思います。一次、二次医療機関に専門医がいて、高次医療機関に専門医がいない状況は、そもそもの専門医制度からしてあり得ないことです。ただ、歯科大学では口腔外科を除き、こういった高次医療というスタイルがなく、臨床的には大学より臨床医の一部の方が内容は高度です。
 このように日本矯正歯科学会の専門医試験は、一部の人たちの批判に答えるようにかなり難しいものとなり、アメリカ矯正学会やヨーロッパ矯正学会のそれとそれほど遜色ないものと思われますし、それに合格した先生は十分に矯正臨床能力があると判断できます。また審査法自体に対しても、もう少し、簡単にしろという声はあっても、簡単すぎるという声はないように思えます。ただ心配なのは、あまりにも試験が難しすぎるため、年々受験者が少なくなり、また合格率も下がっていることです。患者数の多いところでは、症例を吟味して、うまく仕上がった症例を提出することができます。実際、私の場合でも、1000症例くらいのなかから、吟味し、資料の完全に揃ったもの、さらに患者に同意書をもらわないといけないので、その脱落分を考慮するとこれでも足りないくらいでした。患者数の少ないところではかなりきびしいと思います。一方、大学での基礎教育が低下しているのか、資料がきちんと採れていなかったり、分析が間違っていたりするケースも多く、こういった症例では治療の良し悪しの前に不合格となります。
 2010年現在の専門医数は全国で258名ですが、2008年度の合格者は18名、2009年度は16名と少なく、おそらく最終的な数も400名は越えることはないと思います。当然この数で、全国の口蓋裂、顎変形症、一般矯正患者をカバーすることはできません。少なくとも従来の認定医2900名くらいいないとカバーできないと思います。
 本年度から、歯科矯正診断に関わる施設基準が変わりました。従来は育成医療機関のみが口蓋裂患者の矯正治療ができましたが、規則がかわり月に1回でも矯正歯科医がアルバイトで来ているところは施設基準をとることができるようになりました。それにより青森県でも施設数は倍以上になり、20以上になったと思います。患者にとっては見てもらえる医院が近くにできたのでいいことなのでしょう。ところが青森県の口蓋裂患者の出生数は年に10−15名ですが、これを20以上の医院で分散することになります。うちのところで年7,8名は来るので、おそらくほとんどの施設では患者はいない状態で、たまにきても数年に一名くらいの状況でしょう。心臓外科、脳外科でもそうですが、やたらに施設を作るのが、日本の悪いところで、欧米では処点病院を決めて、そこでまとめて治療する制度が取られています。たくさんの患者をみることで臨床的技術の向上を図る方法です。日本では患者受けのよい施策がなされますが、必ずしも臨床技術の良し悪しは関係しません。どちらがいいのでしょうか。

0 件のコメント: