2010年12月16日木曜日

矯正歯科医院の継承



 一般歯科医院の継承についてはそれほど考える必要がなく、うちの場合も兄とわたしの二人が歯科医になったが、どちらも親の歯科医院を継ぐことなく、全く別のところで開業しているし、それで特に大きな問題はない。ところが矯正歯科では一人の患者さんの治療には最低で2年間、長いと10年以上になること、費用が請負制度であることなどから、治療の途中で診療所がなくなってしまうと患者さんにとって大変迷惑をかけるため、早くから医院の継承について検討しておかないといけない。日本臨床矯正医会でもそういった問題がよく議論される。

 継承の方法としては、医院の閉鎖と医院を誰かの継承する方法がある。医院の閉鎖はかなり長期の計画が必要で、私の尊敬するある年配の矯正医は、子供の患者は見ても最後まで見られない可能性があるため、治療をお願いしますと来ても取らないようにしている。また別の先生は70歳で引退したが、引退前の5年間は一切新患を取らないで、ほとんど収入のない状態で今いる患者だけを治療していた。どうしても医院を急に閉鎖する場合は、患者さんへの費用の返却と転医先を決めなくてはいけない。これは転居に伴う転医と全く同じやり方で、これをすべての患者にするのは大変難しく、例えば費用の点だけでも、すべての患者に治療の進行に沿った費用の返却をするとなると、年の売り上げの1.5〜2倍の費用を要する。それ以上に問題なのは、患者さんからすれば違うところには通いたくはないわけで、こういった転医にはかなり不満が噴出する。さらには近所に信頼がおける矯正医がいればよいが、遠方にしかいない場合は、そこに行ってもらうか、近くの一般歯科医にみてもらうことになる。いずれもかなり不満がでよう。急な医院の閉鎖は院長の急死以外は非常に難しい。

 一番いい継承のパターンは、子供に継承するパターンでこの例が多い。ただ矯正歯科の場合、子供が矯正歯科をマスターするまでに6年間の歯学部教育、1年間の研修医、その後少なくとも6,7年は矯正科の医局に残る必要があり、計13,14年かかる。うちのような娘ばかりの家ではこれも難しいし、子供の進路を歯学部の、さらに矯正歯科というように狭めるのも、本人が希望すればよいが、そうでなければかわいそうである。

 アメリカで一番多いのは、開業希望の若手の矯正医に、年配の先生が、診療所、患者付きで売る。アメリカ矯正学会雑誌の後ろにページには毎号、セールの広告が並ぶ。
「アーリントン、テキサス 非常に定評のある矯正診療所(25年以上)の割には手頃な価格です。周辺地域は広く、診療所は3000平方フィートあります。最新の歯科用椅子3つと一つの椅子があり、必要があれば自由に調整できます。潜在需要の増加が見込まれるところです。3マイル以内に患者を紹介してくれる歯科医院が25軒以上あります。不動産も含めた購入オプションもあります。至急連絡ください。年売り上げ247000ドル」、「セーラム、オレゴン 診療所はオレゴンの州都近くのダウンタウンにあります。1か月に15人の新患がきます。潜在的にはさらに飛躍できる可能性を持ち、そう希望するドクターにはこの診療所はいい物件と思います。チェーアは4台、年売り上げは550000ドル」

多くのアメリカの矯正専門医は60-70歳ころには引退し、フロリダやアリゾナで老後を過ごす。子供に継承するケースは少なく、仲介業者を利用して自分の診療所を患者、スタッフ付きで売る。値段についてはわからないが、新規開業をめざす若手矯正歯科医にとっては手頃な価格であろうし、開業早々から売り上げが見込まれる。一方、売る側からすれば、今見ている患者さんを引き続き見てもらえ、また老後資金の一部も確保できる。ただ、いい先生が引き継いでくれればいいが、そうでない場合は患者さんが困る。これがアメリカでも一番の問題のようで、理想的には5年間、一緒にパートナーを組み、最初の年は売り上げの10%を渡し、次の年は売り上げの30%を、3年目には50%、4年目に70%、5年目に100%と徐々に新しい先生に経営を移行するやり方が勧められている。あまり患者の評判の悪いドクターは1,2年で解雇する。

日本でもこういった継承方法が検討されているが、まず市場が小さいのの仲買業者がないこと、若手の先生がこういった継承をいやがることが指摘されている。ある先生が全国の歯科大学の矯正科を訪れ、若手医局員にこういった継承物件を買うかと質問したところ、ただでもいらないというのはほとんどだったようだ。この話を聞いて相当ショックを受けた。何となれば、うちの診療所も誰かいい先生がいれば、ただで譲渡しようと考えていたからだ。なぜ若手は譲渡を嫌うかというと、スタッフを含めて経営的な責任を負いたくない、前の先生と比較されたくない、隠れた問題が発生しそうで怖いなど、いきなり医院経営をすべて引き受けるのはいやなようだ。そうかといって自分で新しい医院を開業するのも資金もないし、患者さんがくるかわからないので怖いという。もっとチャレンジ精神をもってほしい。

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