来年度の第29回東北矯正歯科学会は弘前で行われる。テーマを「Artとしての矯正歯科」とした。Artというと、芸術、美術のことを思い浮かべ、医聖ヒポクラテスの「Life is
short, Art is long」という言葉も、芸術は長く、人生は短いと説明されることが多い。人生は短いが、ダビンチのモナリザは永遠の命を持っていると解釈されている。ただ、本来の意味でのArtとは技術、巧みのことで、先の言葉も元の意味からすれば、「人生は短いが、医術の道を学ぶのは長い」ということで、医術を極めるのがいかに難しいかを医者であるヒポクラテスが語った言葉である。この方がヒポクラテスの言葉としてはふさわしい。
医療系の学会は、ほとんどの場合、正式名称は学術大会となっている。英語で表現すると、この「学術」は「Art and Science」となり、本来学術大会とは、巧み、技術を示す場でもある。ところが、かって医療があまりにArtの面が中心であったことから、近代医療はエビデンスベースに基づいた、一見すると科学めいた研究が主流となっている。
ここで科学めいた研究と言ったが、医療面での研究は物理学、化学、生物学などと違い、100回実験をして100回とも同じ研究が出るものではないということだ。血圧を下げる薬にしても100人に与えて、80人は血圧が下がっても、15人は変わらない、5人は逆に血圧が上がることもありうる。多くの医療系の研究では、有意差検定という手段がとられる。2つの集団に違う治療法を行い、結果に違いがあるかどうかを検定する手段である。これにしても100%違いがあるという訳ではなく、違いがある可能性があるに留まる。自分の研究で申し訳ないが、最初30人の集団で研究し、差があっても有意差がない場合、違いはないと発表し、対象者数を50人に増やすと、有意差がでると、違いがあるとなる。適当なものである。さらにひどいのは相関係数というもので、咬む力とあごの形の間に相関、つまり咬む力の強いひとはあごががっちりしている、逆に咬む力が弱いひとは華奢なあごであるという関係があるとしよう。相関係数が非常に小さい場合でも有意の相関がでれば、関係があることになる。またワインは心臓病の発生のリスクを30%下げるといった研究も、対象者の選定によっては逆に30%上がるという結果もでよう。
こういった有意差検定は一見、科学的ではあるが、研究方法、研究者により結果は異なる。そのため、理科系科学では、50年前の疑問が未だに結論がでないということはありえないが、これが歯科の分野では、白黒ははっきりしないことが山のようにある。事実の積み重ねにより科学が発達するのではなく、その時代の流れに左右されてくる。
これは医学が人間を扱う学問であるから、仕方がないことであり、逆にScienceに価値があり、Artは時代遅れと考えるのはおかしい。先の天皇陛下の心臓バイパス手術は順天堂大学の天野篤教授も、おそらく心臓外科学会で、自分の手術法の研究を発表しているだろうし、その術式も説明しているだろう。見事な治療結果であろう。ただそれでは若手の医師が同じ、手術法をして同じ結果が出るであろうか。当然だが、否であろう。ここにArtの領域がある。手術法がいいかどうかは、術者の技量、Artに依存するため、トレーニングが必要となる。そのため、医療分野、とくに外科系、歯科系はどうしても徒弟制度という古いシステムが未だに必要となる。
日本の医学、歯学の分野では、総合大学の中の医学部、歯学部という立場から、Scienceの面がこれまで強調されてきた。教授選考でも論文数、それもインパクトファクターの高い雑誌にどれだけ論文を載せたかという点が重要となっていて、Artという面はむしろ軽視されている。さすがに近年はそういうことがなくなったが、教授でも臨床はぜんぜんできないということもあった。ノーベル賞をとった山中先生は、臨床をできないので基礎科学者になったが、そのまま医学部教授になる先生も多くいる。そろそろ日本でも、Artの比率を高めた教育、Artをシステマティック、あるいはIT教材などを用いたそれこそ科学的な教育を主体としてほしいと思い、学会のテーマとした。ベテランの先生から、その経験を基にしたおもしろい講演が聞けると思う。
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