矯正歯科では、主として若い世代を対象にしているため、治療終了後の経過についてはほとんど知らない。私のところでも一番長く経過を見ている症例で15年、ほとんどの症例では治療終了後、2、3年の経過を見ているだけである。その後、どうなったかはわからない。
治療終了して、レントゲン写真、口腔内写真、模型などをとり、保定2年でもう一度、資料をとって、その後は何かあれば連絡してもらうようにしている。半数くらいは保定2年後も経過観察に来てくれるが、それでも3年を越える患者は少ない。たまには治療終了して10年以上経って来院される患者がいて、後戻りがあるので見てほしいという。こちらはかなり緊張して、患者の来院を待つが、下の前歯に少しのでこぼこがある程度で、ほっとする。数ヶ月再治療して再び、2、3年みることになる。
それでも患者が70、80歳になった時はどういった口腔環境になるかは予想できないし、患者は自分の年齢より低いので、こうしたことは不可能であろう。ここからは推定の議論である。
1.
あごの大きさに比べて歯が大きくて、でこぼしている症例。叢生
高校生ころに矯正治療したとする。おそらく中年以降は90%以上の確率で、下の前歯の後戻りは起こるであろう。矯正治療後20年以上の症例を調べた研究では、ほとんどの症例で下の前歯の後戻りがあった。それに比べて上の前歯の後戻りは少なく、この原因は単に歯の移動に対する後戻りではなく、顎骨の成長に起因していると考えられている。成人以降も咀嚼力、筋肉の変化により顎骨の成長(位置変化)が見られる。さらに歯を近心に動かす咬合力により下の前歯が前に出る力がかかる。上の前歯が十分に被っている場合、下の前歯を前に動かす力は歯のでこぼことなる。さらに年齢が進むと、こうした力だけでなく、歯周疾患による歯槽骨の吸収、口唇周囲筋の緊張低下などで、咬合はさらに変化する。また下の歯列は年齢に伴う縮小傾向があり、左右の犬歯間の距離は小さくなるため、この部分の拡大は無駄といえよう。こうした点を考えると、下の前歯のでこぼこは矯正治療で仮に治ったとしても、再び後戻りが多いと言えよう。それ故、下の前歯のみのでこぼこは、矯正治療の対象外かもしれないし、発達期を過ぎた症例の歯列の拡大も予後は悪いと思われる。ただ小児期の歯列の拡大の安定性については、はっきりしていない。それでも上の歯のでこぼこを治すことは、比較的安定しており、多少の後戻りがあったとしても、中等度から重度の症例においては、歯周疾患の観点からは矯正治療が有効と思われる。
2.
反対咬合、かみ合わせが逆の症例
反対咬合については、早期の被蓋の改善が、その後の顎発育に良好な結果を示すことは知られており、そうした治療法は、老年期を考えても有効となる。中年以降の反対咬合の患者では、下の前歯が動揺を起こし、欠損するケースが多いことから、反対咬合を改善して正しいかみ合わせを作ることは、前歯の欠損を防ぐ点では有効と思われる。一方、上下のあごのずれが大きい症例で、無理矢理、下の前歯を中に倒した症例では、CTの画像診断では舌側の歯槽骨がほとんどなく、年齢により歯槽骨が吸収した場合は容易に喪失するだろう。また顎骨の大きなずれは、無歯顎となり義歯を作る場合も大きな問題がなり、義歯が転覆して安定できない。外科的矯正により顎間関係も正常にする意味があると思われる。発育期に正常なかみ合わせを作ることは、老人期になっても役立つが、上下のあごのずれが大きな場合は、無理をして歯だけで治すよりは、外科的矯正により正常な顎間関係を作った方がよさそうである。
同様に上下のあごが横にずれた顔面非対称、交差咬合の症例では、ずれが大きい場合は、歯の移動だけでは無理があり、歯周疾患に伴い咬合力が咬合をくずす可能性が高く、その後欠損歯が多くなるにつれ“すれ違い咬合”となり、補綴治療においても非常に難しい症例となる。むしろ外科的矯正により顎骨自体の位置を是正した方が、義歯になった場合を考えてもメリットは多い。
続く
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