2018年3月6日火曜日

矯正治療の標準治療


 先般、フリーアナウンサーの小林麻央さんが乳がんのため亡くなったが、その時に話題になったのが、民間療法と標準療法のことで、変な民間療法などせずに、専門医の指示に従い乳がんの標準的な治療法を早目に選択しておけば、生存したと言われていた。週刊誌によれば、最初に発見した進行段階であれば、90%の確率で生存できたが、水素水療法など民間療法に頼ったため、その間に手遅れになったと報道している。実際、医科の分野においても気功、オーリング、水素水、免疫療法などかなりいかがわしい療法をHPなどで盛んに宣伝し、多くの患者が来院する。ある病院などは、レントゲン、超音波検査、あるいは血液検査もせず、オーリングテストだけで薬を決めるという。確かにこうした民間治療法も全く根拠がないわけではなく、研究、論文も多くあるが、いわゆる大学などで教える正式な治療法ではない。小林麻央さんもこうした民間治療法を選択した可能性が高い。民間療法が次々と現れるのは、それを求める患者がいるからであり、ガンになって手術を受けたくない、化学療法もしたくない、放射線治療もしたくない、何かもっと楽な治療法はないのかと探す。
 
 矯正歯科においても、日本矯正歯科学会でも順次、不正咬合別のガイドラインを出して、標準的な治療法を提唱しているが、基本的には国家試験や教科書の内容が標準的な治療法となる。アメリカでは “プロフィットの現代歯科矯正学”が多くの大学で矯正歯科の教科書となっており、日本の大学でも同様で、ほぼこの本の内容が標準的あるいは多くの矯正歯科医が実際に行っている治療法と言える。本の内容は、マルチブラケット法が主力であり、比較的、早期治療にも理解がある。例えば、一般歯科医で多くやられている床矯正装置についても軽度の叢生であれば、有効な方法としているし、急速拡大装置も上顎骨の狭い症例では優れた方法としている。そうした意味でも、こうした治療法が先に述べた民間療法に類するものでは決してなく、症例を選んで活用すれば、有効な治療法となる。ところがこうした治療法をほとんどの症例で使うとなると、これは標準的な治療法でなくなる。

 床矯正治療、拡大装置を用いる一部のコースでは、できるだけ早く治療することが提唱され、下顎切歯は萌出する67歳ころから開始する。乳前歯の隙間がない、あるいは少ない子供が多く、こうした子供では、レントゲン写真を撮ると、永久歯の萌出スペースが不足することが予測される。患者の親に早めに矯正治療を開始する予防矯正を行うことで、将来的な叢生、でこぼこを予防し、マルチブラケット装置による治療をしなくても済むと説明する。ほとんどの症例で歯列の拡大が第一選択となる。

 こうした予防矯正の考えは、日本矯正歯科学会でも小児歯科学会でも正式には認められていない。なぜならすべての症例を非抜歯として扱うことはかなり無理があり、でこぼこの大きい症例、上顎前突症例、上下顎前突症例では抜歯症例となる可能性が高く、少なくとも症例の半分程度は永久歯列完成後に抜歯ケースとなる。すなわち、床矯正、拡大装置の非抜歯の治療法の半分は必要ないということになる。長い矯正治療学の歴史上でも、何度か床矯正、拡大装置を用いた治療法が登場した。とくにヨーロッパでは1970年ころまで機能的矯正装置も含めた床矯正治療が主流であった。ところが現在では、ヨーロッパもアメリカもアジアでもマルチブラケット装置が矯正専門医の治療の主流となっており、これが不正咬合の標準治療法となっている。もちろんここに至るまで、多くの専門医が種々の治療法を試してきたし、有効と判断された治療法もあった。ところが十年もすれば、いつの間にか忘れてしまい、誰も使わなくなる。こうしたことの繰り返しである。臨床というのは、本当に難しいもので、一つの治療法ですべてが解決されるなら、すべての矯正専門医が、それも世界中で一気に広まる。そうでなければ。これは何らかの問題点がある治療法であり、術者も患者も慎重に使うべきである。大学病院は先端の治療法を目指すなら、個人病院はエビデンスの出た確実な治療法を慎重に使うべきで、決して結論がはっきりしない治療法は使うべきではないと考える。

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