犬も矯正治療
前歯のかみ合わせが逆になっている“反対咬合”の患者さんの頻度は、研究により違いますが、5、6%と言われ、100人中に5から6人の反対咬合の患者さんがいることになります。つまり小学校で言えば、1クラスに1名ないしは2名の反対咬合の患者さんがいることになります。
前歯は、ものをかみ切って小さくする役目があります。うどんやそばを食べる時のことを考えてください。まず、前歯でうどんを小さくカットしてから奥歯に運び、そこですり潰して、飲み込みます。反対咬合だと、仮に前歯がかんでいたとしても、食べ物、うどんを前歯でかみ切るためには上から口に入れる必要があります。もちろんそんなことはできず、普通は下から口の中に入れます。では反対咬合の方はどのようにして食物を食べているかと言えば、前歯を経由せず、直接に奥歯に運びます。つまりうどんで言えば、長いうどんを奥歯に入れて、そこでかみ切り、すり潰します。前歯は何の役目もしていません。
こうしたこともあり、多くの咀嚼能力の測定法では、上顎前突(出っ歯)や叢生(でこぼこ)の不正咬合では正常咬合との咀嚼能力の差は、研究によりまちまちですが、反対咬合については正常咬合に比べて咀嚼能力が落ちるという研究がほとんどで、これは間違いのないようです。咀嚼能力は、咬合力や咀嚼面積などと強い相関を持つため、反対咬合でも重度になれば、咀嚼能力もより低下するものと思われます。また社会心理的な影響も強く、反対咬合の患者さんでは上くちびるに比べて下くちびるが出ているために、少し怒っているような印象を与えることがあります。また反対咬合の患者さんによってはクラスで“しゃくれ”といじめれるケースもあります。
現在、保険適用となる不正咬合は、唇顎口蓋裂に起因した不正咬合(その他、先天性疾患に起因したもの)と顎変形症に限られています。いずれも不正咬合の種類では、反対咬合の症例が大部分となります。唇顎口蓋裂児では口蓋の手術の関係で、上アゴの成長が抑制され、結果的に反対咬合となる患者さんが多い。また顎変形症とは咬合の改善するためには手術が必要なくらい顎のズレが大きい症例なのですが、90%くらいが反対咬合の症例となります。すなわち現行の健康保険化された不正咬合は、反対咬合であり、その治療法も一般的な反対咬合の治療法に準じます。
それでは唇顎口蓋裂や顎変形症の反対咬合の治療が健康保険の適用になるのに、一般の反対咬合の治療はどうして保険扱いにならないのでしょうか。おかしなことです。最初に述べたように反対咬合の咀嚼などの機能への障害が大きいと思いますし、それ故に唇顎口蓋裂や顎変形症も病気とされて保険適用となりました。おそらくは保険適用の範囲を広げることが医療費の高騰につながるためだと思います。
日本の出生率は約91万人、このうち反対咬合である子供の数は約5万人程度と思われます。すでに唇顎口蓋裂の矯正治療については40年以上の歴史があり、その保険システム、点数も決まっていますし、それをそのまま一般の反対咬合患者に当てはめることができます。保険適用の矯正治療については一般歯科のそれより点数が高く、おそらく17、18歳くらいまでの総額は一人、70、80万円くらいになります。そのうち30%は本人負担となりますので、政府負担の金額は50万円✖5万人の250億円となります。歯科医療費総額が2兆7000億円ですから、そのだいたい1%くらいになります。どうでしょうか。新型戦闘機F35のだいたい二機分の値段です。
日本の医療費の総額は、約42兆6000億円。これらのかなりの部分が老人への医療費です。若者にとって、健康保険料の負担は自分たちにあまり還元されないものと思っても不思議でありませんし、現にそうなっています。年金だけでなく、医療費も若者世代が多く負担するとなると、将来的に加入者が減少する可能性があります。まして現在のように子供も虫歯が減少してくると、医療のうちの5%くらいを占める歯科医療については、全くタッチしないことになります。少なくとも子供を持つ親としては、自分たちが支払う健康保険料が少しでも還元されることを望むのは当たり前です。最近の健康保険の考えでは、本人の努力で疾患が発生しないようなものは健康保険の適用から除外するような流れとなっており、ヨーロッパでもう蝕などは注意すれば発生しない疾患として捉えられ、保険適用から除外されるような動きがあります。一方、不正咬合については生まれながらの疾患と捉えられ、北欧やイギリス、フランスなどでは健康保険の適用となっています。
反対咬合患者の保険適用に関しては、健康保険が適用されている唇顎口蓋裂や顎変形症との適合性や医療費もなんとか捻出できる額にも関わらず、全く話題にならないのは、次のようなことが関係します。まず日本矯正歯科学会および専門医では、保険適用による治療レベルと収入の低下を恐れています。みんなが矯正治療するようになれば、治療レベルが下がるというわけです。ただ現実はすでに多くの一般歯科先生が治療しており、むしろ保険による縛りが働く(個別指導など)と思いますし、今の唇顎口蓋裂の施設基準に“小児の反対咬合症例”の語句を少し付け加えるだけでそのまま使えます。面倒なのでしょう。一方、日本歯科医師会は、反対咬合の矯正治療が保険に導入されると他の歯科医療費が減らされることを恐れています。さらにいうなら矯正治療を行なっている医院のみがメリットとなります。こうした一部の歯科医院のメリットとなる案件より一般歯科全体のメリットとなるものしか日本歯科医会は扱いません。
マスコミや政治家が取り上げなければ、なかなか実現が難しい案件ですが、なんとかそうした方向に向かって欲しいところです。
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