皆、歳をとるにつれて欲がなくなるという。もちろん性欲など真っ先になくなるし、金銭欲、さらに何か欲しいという物欲や美味しいものを食べたいという食欲もなくなってしまう。若い時は、おしゃれに興味があって、貯金をしてまで高い服を買ったが、今は下手をすると一年を通じてほとんど服を買わないと話す知人もいる。またある友人は、奥さんがイトーヨーカ堂などで適当にセーター、シャツ、ズボンを買って、それをいつも着ている。こうした人が意外に多い。食事についても、高級フランス料理よりは吉野家の牛丼の方が良いという人もいて、例えば京都に観光に行っても、別に京都ならではの料理を食べようとせず、駅前のマクドナルドでいいという。他の人から見るとケチと思われるかもしれないが、本人は美味しいものを食べたいと思わないだけである。
歳をとると欲求は自然に少なくなるもので、逆に無くさないようにするのは努力を要する。比較的簡単な方法は、継続することで、例えば、昔からある作家の初版本を集める趣味があったとしよう。全国のあちこちの古書店を周り、20年目にようやく探し当てたということもあろう。また子供の頃から天体観測が好きで、最高級の望遠鏡を買うということもあろう。逆にそうした趣味もなく、歳をとってから、新たな趣味、あるいはそれに伴う購買欲が出るだろうか。
購買欲については、男女とも若い頃に買えなかったものを買うということはありそうだが、これも50歳頃までに実現しているはずで、老齢になってからではなさそうである。子供の頃に欲しかったおもちゃがあったとしよう。もし本当に欲しかったなら、70歳になるまでに、とっくに買っていただろう。オーディオ、楽器、自転車、バッグ、服、時計など、こうした物でも、若い時に興味がなく、70歳になってから急にハマって欲しくなるようなことは少ない。食欲についても、同じことで、老人になって急にグルメになることはなく、昔からグルメの人が継続しているだけである。
そう考えると、物欲の多くは、老人になって、減少していくが、若い頃に物欲が強かった人がかろうじて継続している場合が多く、若い頃から物欲が少ない人が老人になって急に物欲が増加することはない。私の場合は、若い頃から愛読書がポパイという物欲が強い人で、最近もスティーブ・ジョブスも履いた991も買ってしまった。高価なスニーカーである。5000円の靴に比べてどれほど優れているかというと、はっきりいって値段差ほどの違いはなく、単に雑誌やyoutubeですごいという評判を信じているだけである。高価な服、高価な靴、あるいは高価な料理は、本来の価値以上の何らかのこだわりが価格を決めているようで、そこに思い入れがないと買わない。例えばミシェランの三つ星レストランでも、吉野家の牛丼が好きという人からすれば、それほどうまいとは思わないし、合理的に考えれば、吉野家の牛丼普通盛り468円VS フランス料理のジェエルロブション60000円のディナー、120倍以上の価値があるかということになる。合理的な考え、栄養があり、お腹がいっぱいになり、さらにおいしければいいという人類の共通の考えからすれば、60000円のディナーは話にならない。同様にシャネルの50万円のブラウスとユニクロの1500円のブラウス、弘前の町を歩いていても誰も価格差には気づかない。このロブションの料理、シャネルのブラウスを食べる、買う心理がむしろ異常なのかもしれない。
老人になって増加する唯一の欲といえば、それは健康欲と言っても良いものかもしれない。全てのお宝を保有する始皇帝が最後に望んだのが不老不死の薬であり、老人は健康になるためのものには金を惜しまない。定期的に老人を集めて健康食品を売っている一種の催眠商法があるが、会場はいつも老人で盛況である。以前、業者は高額な布団などを売っていたが、今は1-2万円の健康食品などを継続的に売っていて、人気がある。また80歳になって綺麗になったという化粧品の宣伝もテレビでよく見るが、老化防止を謳うものも人気が高い。老人になっても、歳をとりたくない、健康でいたいというのが、最後の欲なのかもしれないが、老いるのは自然の摂理であり、あまりに寂しい。若い頃から何でもいいので物欲を貯め、老人になっても継続していきたいものである。この場合の欲というのは好奇心というものに近い。新しいもの、便利なものが出たら買おうというのは好奇心そのものである。
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