2010年10月3日日曜日
第69回日本矯正歯科学会
先日、第69回日本矯正歯科学会大会(横浜)から帰って来ました。以前は参加者も1000名以下でしたが、認定医の更新のためか、最近は実質参加者も2000名は超え、大きな大会となっています。矯正歯科関係の会社も商社展示というかたちで毎年参加し、今年は69社の参加があり、かなり金のかかったブースを用意していました。日本の歯科学会の中では最も派手な学会でしょう。
アメリカ矯正歯科学会ができて110年、日本矯正歯科学会も創立は1926年ですから、すでに84年たつことになります。今年のテーマは「温故知新」で、年配の先生たちから若手へのメッセージなども企画されていました。その中で東京医科歯科大学の三浦名誉教授の話の中で、矯正歯科が日本に持ち込まれたのはアメリカの占領軍のおかげだと述べていました。戦前にも日本矯正歯科学会はありましたが、歯科臨床の中で存在は薄く、全歯科治療の中の1%以下を占めるに留まっていました。ところが戦後、日本の医療教育制度を変革しようとやってきた米軍担当者は歯科では補綴、保存、口腔外科の3科だけでなく、矯正歯科もそれと同等の教育をせよということになり、これら主要3科に加えられることになったのです。ただ日本の場合、厚労省では昭和50年代に入るまで、矯正歯科は診療科目とは認められず、基本的には診療科目としては表示できませんでした。ようやく矯正専門医が現れたのはこのころからです。
今回の学会では、東京で開業している近藤悦子先生の講演があり、大変参考になりました。近藤先生の講演を聞くのも3回目ですが、今回は3時間という長い講演でじっくりと症例を見ることができました。近藤先生は、マルチブラケット装置をメインにした本格的な矯正歯科を日本で早い時期からされた先駆的な先生で、開業が1970年ですから、ほぼ40年近く矯正専門医として活躍されています。また先生は大変真面目な先生で、長期に渡るきちんとした資料を採られており、古い症例では治療後40年以上のケースもあります。これだけ長期にわたるきちんとした資料を持っているところは世界でも少なく、先生の研究をまとめた著書「Muscle Win! の矯正歯科臨床—呼吸および舌・咀嚼筋の機能を生かした治療—」(2007)は早くも韓国版、英語版、中国版になっています。
長期安定したかみ合せをもたらすキーは、舌・口腔周囲筋・咀嚼筋および頸部筋活動の正常化と口唇を閉鎖して鼻呼吸の確立が重要としています。これは専門すぎてわかりにくいと思いますが、歯が馬蹄形に並び、上下の歯が自然に咬むのは実をいうと歯列周囲の筋、舌、ほっぺの筋肉や咬む筋肉の力でそうなります。上の歯が飛び出ている出っ歯のひとは、中から歯を押す力(舌の力)が、外から歯を中に入れる力(口元の筋肉の力)より強いために歯が飛び出します。
近藤先生の症例を見ていると、きちんと矯正治療を行い、それが機能とマッチすると、年齢を経るにつれ、さらにかみ合せがよくなり、顔の形もよくなっていきます。子どものころ矯正治療をしたひとと、そのまま何もしなかったひとでは、50,60歳になると、かみ合せ、顔の形、さらに人生感まで違うようです。前歯、奥歯でしっかり咬める状態にすること、お口をしっかり閉じて鼻で呼吸すること、さらにそれによるよい姿勢は、人生の後半になるにつれ、価値が高まるようです。
さらに私自身の経験から、矯正治療をしたひとは、口に対する関心が強いため、歯みがき、歯科医院への定期的な管理など、こまめにされる方が大きく、おそらくそれがう蝕や歯周疾患の減少に繋がっていると思えます。結果的に、老年期になっても、自分の歯がたくさんあることになるのではないでしょうか。きれいな歯並び、ひとに自慢できるような歯並びは、自分自身の笑顔に自信を持つことができ、精神的にも活動的な生活を送ることができるでしょうし、また近藤先生の経験によれば、正常な鼻呼吸、バランスのよい周囲筋活動が維持されていると、年齢が経っても、若々しい顔と口元で、いきいきと生きることができるようです。
研究方法には演繹的研究と帰納的研究があり、今後、矯正治療終了長期症例による帰納的研究、すなわち老人になった矯正治療経験患者と未治療患者を比較することで、現在の治療法についての是正も必要になるでしょうし、また矯正治療の利点についてもよりはっきりしてくるでしょう。それでも1人の矯正家が40年間治療をして初めて50、60歳の患者を経験できる訳ですから、気の長い話で、ようやく引退かという年齢になり、自分の治療法の成果がわかることになりますし、逆に言えばいくら若手で優秀な臨床家がいても、経験数をこなしたベテランの臨床家には及ばない ことになります。
欧米の臨床医には、こういった長期の症例を帰納的にみていくという考えはないというか、全く放棄しているようです。30,40年後、どうなっているか、そんな先のことはわかりっこないし、関係ないということでしょうか。日本よりずっと矯正患者の多いアメリカでも、こういった研究はあまり見ません。また矯正治療前後で咬む能力がどう変化したといった研究は日本では盛んに行われますが、アメリカではあまりありません。どうも日本では長い間、矯正治療は医療行為と見なされなかったことに対するコンプレックスからか、矯正治療による目的に関する研究が、特にここ最近は多くなっています。正常な歯並びを、見た目に美しいだけでなく、成人、老人になっても、生活、健康に大きく影響することが少しずつわかってきました。今後、さらに研究が深まることを期待します。
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