宮本輝さんの最新作である。出版と同時に買う、数少ない作家のひとりである。非常にアベレージの高い作家で、どの作品を読んでも一定のレベルに達していて、駄作は少ない。これだけ多くの作品を発表して、売れるということは、作者の想いが読者に受け入れられ、コアなファンがいるためであろう。
本作品も、宮本さんの作品の特徴である悪い人は登場せず(唯一、不倫をする無責任男が登場するが)、映画のような展開、奇跡が起こる。例えば映画で現実の世界を描くとすれば、2時間の映画でもセリフがほとんどないのがリアルということになり、そんな映画は誰も見ない。小説が、すべて虚構、空想の世界であり、その世界に現実味が乏しいと批判することはナンセンスであり、どれだけ虚構の世界がさもありなんと読者の思わせる筆力が必要となる。そうした点では宮本さんの作品は、説得力があり、読後、世間も捨てたものではない、がんばろうという気持ちにさせられる。生きていれば色んなことがあるが、前向きに生きようという強い思いは一貫している。本書でも、出生の秘密という重いテーマが扱われているが、それほど深刻には捉えず、善意のひとに囲まれ、解決していく。
内容についてはあまり触れることはできないが、それでも本書を読んで、サイクリングやウォーキングをしたいなあと思われる読者の多いかと思う。自動車による観光は楽であるが、過ぎ去る風景には愛着は持てず、その点、サイクリングやウォーキングは速度が遅いため、風景をゆったり鑑賞でき、旅行の醍醐味が味わえる。本書でも主人公が自転車会社の娘のため、イタリアのビアンキやスペインのBHといったマニア向けの自転車が登場する。「カガワサイクル」もミヤタサイクルあるいは片倉サイクルがモデルと思われるが、今は若い人も含めて全国的に自転車によるツーリングが流行している。友人が、奥さんと一緒に北イタリアの小さな村を自転車でまわり、村々の小さな居酒屋でワイン、料理を飲んで、泊まるという旅行をした。話しを聞いていて本当にうらやましく思った。本書にも重要な場所として、愛本橋が登場するが、一度でいいからこういった北陸の田園、漁港があるところを自転車で旅したいものである。また作中のミニベロとい自転車が出てくるが、少し説明すると小径のタイアをはいた小型自転車のことである。折りたたみミニベロのロールスロイスはイギリスのアレックス・モールトン、ポルシェはアメリカのバイクフライデー、そしてスバルはドイツのBD-1と言えよう。袋にいれて電車、自動車で移動して乗る。現地で組み立て、走る。ほぼ普通車と同じ速さなので、行動半径はかなり広がる。
それにしても宮本さんの小説に登場する女性はいつもながら魅力的で、これも小説と言ってしまうと終わりだが、一度でいいから現実に会ってみたい。今回の作品でも、主人公の賀川真帆は、どんなひとかと、想像してしまう。映画化されたら、伊東美咲さんあたりを推したい。
2 件のコメント:
新作と共に新潮連載中の流転の海第8部 長流の畔を楽しみにしている者です。
読者歴、25年くらいです。
折りたたみの2人乗り自転車なんてあるのか? と思い、ネット検索するとアッサリと見付かりました。
しかも、富山は公道走行可! さすが、現実的ですね。
読む前に映画を見てしまったものもありますが、イメージとか、原作に忠実ではない内容に戸惑うこともあります。
千春は黒木華さんはどうでしょうか?
(実年齢はちょっと上ですけど)
コメントありがとうございます。自転車旅行。やってみたいとは思いますが、年齢のせいでためらわれてしまいます。最近は電車、バス、あるいは自動車併用の自転車旅行もありのようですので、敷居も低くなったかもしれません。
宮本輝さんの作品は映画化するのは簡単そうですが、現実の世界とわずかに違う別世界、平行世界を描いているので、その作品世界を映画化するのは難しいのでしょう。
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