2015年7月15日水曜日

日本は世界一の「医療被爆」大国 近藤誠著



 何かと物議をおこす近藤誠さんの近著「日本は世界一の“医療被爆”大国」(集英社新書、2015)を読んだ。日本のCT設置台数は人口100万人当たり101で、アメリカ(41)のほぼ倍、イギリス(9)の10倍で、それだけ検査と称して安易なCT撮影がなされており、それに警告を鳴らしている。高い機器を買ったのだから、元を取り戻すために、安易にCT検査をしたがるが、被爆線量を考えると、かえってガン化のリスクを高めているという。

 原発の作業員の労災認定では年間50ミリシーベルトでも、発ガンとの関連性が認められているのに、一方、CT検査では平気で同程度の被爆線量を患者に与えているというのである。そしてCTによる被爆線量を胸部CTでは9.4-27.3ミリシーベルト、腹部・骨盤CTでは13.1-27.7ミリシーベルトとし、さらにこうした数値は実験室内の理想的な条件で研究されたものであり、実際の患者に対する検査でももっと多くの線量を被爆しているとしている。

 ただ引用している文献は2002年のもので、どう考えても最近のCTの線量はこれほど多くなく、むしろミリではなくマイクロの勘違いかと思うほど、少ない。近藤先生の本では入射線量、つまりレントゲン装置から計算上に照射された線量で議論しているが、むしろ一般的には被爆線量としては遺伝性影響の発生リスクを加味した実効線量が用いられており、照射範囲が狭くなるほど、実効線量は低くなり、頭部のみに均等に1mGy当たった場合、実効線量は0.07mSvと、1/15となる。歯科で活用されるコーンビームCTは線量自体、医科用に比べてかなり少なく、また範囲も少ないので、この実効線量はさらに少ない。ただ例えばデジタルセファロ、二次元平面を撮るのに対して、CTは三次元にスライスして撮影するため、頭部の正中部の断面をセファロの代用として使えても、その解像度は低く、同じ解像度にするには、線量は増える。同様にパントモでもそうで、しっかり精査するために最高の解像度で撮る前提なら、CTの方がデジタルパントモより線量が増えるのは間違いない。

 それ故、CT撮影については、低被爆線量の影響(ガン化など)についての議論はあるものの、2012年に出されたヨーロッパの放射線学会の提唱する”Cone beam Ct for dental and maxillofacial radiology Evidence-Based Guideline”に準じるべきであり、決して通常の矯正治療検査や小児には使うべきではない。こうしたガイドラインは強い意味を持ち、訴訟でも大きな根拠となるし、メーカーもガイドラインに沿った広告、説明を求められる。当然、ドイツ、カボ社もこうしたガイドラインに準拠し、すべてのカタログについて放射線の軽減を唱っているが、パントモの半分の線量、子どもにも使える、矯正治療にも使える、顎運動にも使えるといった広告は一切ない。ガイドラインに反するからである。ところが、日本のカボ社にみが、平気でヨーロッパのガイドラインで禁止されていることを宣伝し、安全性を強調している。何度かカボジャポンにメールしているが、全く返信はなく、英文で本社に抗議メールを送ろうとも考えたほどだ。もし患者が白血病、悪性リンパ腫などに罹患し、その前にカボのCT装置で何度か撮影が行われたなら、かなりの確度で数億円の損害賠償が課せられるだろう。そうした企業防衛の観点でもカボジャパンの首脳陣はお粗末としか言いようがない。

 歯科の場合のCTの必要性は、ガイドラインに沿えば、埋伏歯、唇顎口蓋裂、顎変形症など極めて限られた症例だけであり、私の医院でもこうした適用症例は年間で十症例くらいであろう。医科の場合は、近藤先生は反対するが、ガンの早期発見に繋がることもあるが、歯科でのCT撮影、こうした患者利益はほとんどない。今のパントモ、セファロに加えてCTがあれば、より診断ツールが増えるぐらいである。なくても命に関わるような誤診はない。2000万円もする機械を購入すれば、元を取り返そうと、使いたくなるのは無理はないし、患者にはほとんど影響はないと説明する。当然、カボ社がそう説明しているのだから、不勉強な歯科医はそのまま信じる。以前、デジタルレントゲンのアンケート調査をした折、ある歯科医は、デジタルレントゲンは通常のレントゲンの1/10の被爆線量しかないというメーカーの宣伝文句を鵜呑みにして、安全だからとかなり頻回に撮ると答えていた。同様なことはCTでも当てはまり、メーカーはパントモの半分の線量だと宣伝すれば、ヨーロッパのガイドラインなど知らない歯科医は、それこそ子どもから大人まで、すべての症例、さらに頻回、広い範囲、高解像度で撮影するのは、当たり前である。おそろしいことである。近藤先生の本では放射線の影響は、十年、二十年後にでるようで、たかが矯正治療でガンになったのではたまったものではない。

 アメリカの矯正学会誌や日本でもそうだが、研究のために咽頭部の体積を調べるために、CTが用いられることがあり、実際の臨床でも小児にも適用している歯科医もいる。これなどリンパ節ともろ被る咽頭部の体積を調べて、どういった意味があろうか。狭い、広いがわかって、そこを手術して広げるなら、まだわかるが、ただ調べるだけである。全く無意味で、よく大学の倫理委員会が通したものだと思うし、それを臨床で使って発表する神経がわからない。近藤先生流で言えば、”20年後に甲状腺がんになるリスクがある“といって果たして患者は承諾するであろうか。

 一方、患者にも問題あり、インプラント訴訟の多くは、診断の誤りを指摘され、それには術前のCT検査による必要となった。訴訟を回避するために、インプラントをする歯科医院では急速に歯科用CTが普及していった。買えば、インプラント以外の患者にも使うであろうし、頻度も増える。医科では、こうしたこともあり、CTPETという被爆を伴う検査は敬遠され、MRIや内視鏡を使った検査にシフトされている。もともとのリスクを考えると、歯科でCTが必要となるケースは極めて限られており、大学病院など大きな病院に依頼すればいいだけで、個人の診療所にはCTはいらない。かって東京医科歯科大学の保存のS教授は、根管治療のためにCTによる三次元の把握が必要と力説していた。この教授は、“遺伝子操作で歯根の形態が単純になれば、どんなに治療が楽になるか”と本気に語っていた程、専門バカであるが、矯正治療に積極的にCTを活用する先生もそうした傾向がある。


0 件のコメント: