2020年2月2日日曜日

矯正治療 契約について



 医療における医師と患者の関係は、「医療契約(準委任契約)」と呼ばれています。この言葉の説明は難しいのですが、ここでの契約と反対の「請負契約」というものがあります。お客さんから例えば家を建ててほしいと請負人、工務店は請負契約を結びます。お金をもらって家を建てる契約となり、家は建てなければ義務、「仕事の完成」を行っていないことになり、裁判でも負けます。

 一方、医師と患者でもこうした「請負契約」だったとしましょう。その場合、医師が投薬や手術をして治療を行いますが、病気を治すことが出来なければ、「仕事の完成」ができなかったとして損害賠償を請求されることになります。これではとても治療などできません。そのために医師と患者の関係は、こうした請負契約ではなく、「善良な管理者の注意を持ってその義務に当たること」、普通に要求される注意義務を守れば結果は問わない「医療契約(準委任契約)」となります。すなわちこの契約では、患者の義務は医師の治療行為に対して費用(医療費)を払い、医師の義務は、患者さんのために最善の治療を行うことで、病気の診察、治療をする義務があっても、必ずしも治癒することを含めていません。もう少し具体的に言えば、医療契約の内容は、現代医学水準からいって、通常の医師が取りうる最も適切と思われる診療を委託することをいい、医療機関により水準は異なります。それゆえ、最善の努力をしていれば、最悪の結果、患者さんが死ぬようになっても医師の責任を問えません。

 矯正歯科は治療が長いために、患者さんと矯正医の間の信頼関係がある場合はいいのですが、悪くなると大きなトラブルとなります。患者さんの不満の多くは、希望した結果になっていないというもので、中には0.1mm単位でクレームをつけ方もいます。ただこうしたクレームは費用がいくらかかろうか、医療契約自体が治療結果を保証したものでないのです。患者さんから見れば高い治療払ったのに、きちんと治せと思うかもしれませんが、医療契約というものは、結果を保証したものではありませんので、この点で大きな誤解があるようです。

 ただこれも難しいのですが、矯正歯科の場合は、美容整形などと同じく請負契約という考えもあります。例えば美容整形の場合、患者さんが結果を約束されたものでなければ、誰も施術を受けないことが挙げられ、そのため、患者さんが望む結果が得られなかった場合は、医師の注意義務違反が認められた判例があります(大腿部の脂肪吸引手術)。つまり医療契約は準委任契約であり、医師に患者の意に沿わない結果であったとしても、医師はその責任を負うものではありませんが、患者さんは美容医療(矯正治療含む)を求めるとき、一定の結果という明確な目的を有しているため、請負契約の側面も有するとされています。そのため美容医療契約には請負契約の側面を認めることは、医師に一定の結果の対する注意義務を認めることになります。もしきちんとした説明を受ければ治療を受けなかったというものです。さらに患者さんが求める結果というのは、初診時では“出っ歯をなおしてほしい”、“でこぼこを直して欲しい”と言った大まかなものであり、大臼歯関係をスパークラスIIIにオーバジェット、オーババイトは2mmにしてほしいと言った具体的な希望ではありません。こうした希望は治療途中から発生するもので、矯正装置撤去時に前歯のオーバジェットをもう少し下げてほしい、口元をあと3mm下げてほしいと求められます。実現できるものであればいいのですが、なかなか難しく理想的な咬合状態に達せない場合があります。患者さんは納得いかず、最初述べた注意義務を主張し、料金の払い戻しを主張される方がいますが、経験を積んだ矯正歯科医でも最終的な結果を確実に見通せることはできません。

 矯正歯科においては、初診時の大まかな主訴に対してはほぼ請負契約なりますが、100%完璧な治療結果となるとかなり準委任契約に近いものになり、最大の努力をして良い結果になるように努力しますが、できないこともあるという契約になります。一定の結果を保証するものであり、完全な結果を求めるものではありません。それゆえ、少なくとも矯正治療は、緊急性がないこと、治療しなくてもよいことは必ず患者さんに伝えるようにしています。歯科医の中には患者さんの不正咬合を指摘し、このままでは顎関節症になるとか、歯周病になりやすくなるとか、脅すようにして矯正治療を勧める先生がいます。これはとんでもないことで、美容整形や矯正治療は、まず患者さんが治療を望んで来院すること、治療のリスクははっきり説明して、リスクを承知の上で治療を希望するかを確認してから治療を始めるものと理解しています。

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