2023年9月7日木曜日

歯科医は職人?

 



口腔外科の一部を除き、一般歯科の治療自体は、私が大学を卒業してからのこの40年間ほとんど進歩していない。医科では、がんによる死亡率も格段に下り、手術侵襲の少ない内視鏡手術も普及し、医療技術の進歩が次々とある。それに比べて、歯科では、歯科用CT、デジタル印象、インプラント、マウスピース矯正、CAD/CAM、電動麻酔などが開発されてきたといえ、一般歯科の治療内容を見ると、抜歯、歯根の治療、補綴物(入れ歯など)、充填、歯周病の治療(歯石除去など)、は40年前とほとんど変わらないし、治療成績が伸びたという研究結果もない。つまり患者、歯科医にとっても、この40年間、ほとんど実感できる進歩は少ないと言える。電動麻酔の普及に伴い細い針による歯根膜麻酔ができ、治療時の痛みが減ったというくらいか。

 

もちろん口腔外科領域に関しては、医学の進歩に伴い、口腔がんについては早期発見、早期治療による延命率が伸びたし、これまでの外科治療に代わった放射線治療と化学療法による治療が増えた結果、機能障害も少なくなった。それでも抜歯自体は40年前とはほとんど変わらず、むしろ一般開業医では抜歯をしなくなり、口腔外科医も埋伏歯の抜歯を全身麻酔でやるようになってきた。以前は一般歯科医でも平気で埋伏した第三大臼歯を抜いていたし、ベテランの口腔外科はさらにとんでもない速さで抜歯をしていた。つまり技術が後退したことを意味する。同様なことは、歯学という学問自体にも言えることで、この40年間、歯学からノーベル賞級の研究はない。極論すると、ほとんどの研究はどうでもいいようなことで、専門分野の矯正歯科学についても大した研究はないし、重箱をつっつくような研究はほとんどである。確かにアライナー矯正や矯正用アンカースクリューなどの新しい技術があるにしても、40年前の治療、もっというと80年前の治療と治療結果、期間などもさほど変わらない。1940-50年代に活躍したチャールズ・ツイードという矯正歯科医がいるが、今でも彼はそのまま通用する。

 

臨床応用の面でも、研究の面でも、ほとんど進歩していない領域、これは領域自体が停滞しているもので、これはほぼ職人の世界に似ている。大工、陶芸家、家具制作、包丁制作などと同じようなもので、たまたま人間の体を扱うため、医術という別のジャンルの職人技となっているだけである。近代医学はこの医術からの脱却であり、最後まで医術、職人の世界からの脱却にもがいたのが歯科である。ただ、明治以降の歯科医の養成機関を見ると、職人養成機関としての専門学校の要素が強く、腕の良い歯科医を作ることに主眼が置かれていた。もともと職人を作る専門学校からスタートしたため、国立の歯学部がようやくできたのが、東京高等歯科医学校である。創立者の島峰徹先生の強引な手法で、歯学としての学校を作り、初めて専門学校の名がとれた。医科の場合でも旧制高等学校を卒業してから入る大学医学部と医科大学と、旧制中学校卒業後に入れる医科専門学校があったが、歯科の場合は、官立の専門学校はなく、私立の専門学校があるだけで、職人養成機関としての色合いは医科以上に強かった。

 

ところが戦後、ほとんどの歯科専門学校が歯科大学に昇格し、さらに歯科医不足から国立大学の歯学部も乱立した。この頃から歯科医はもともと職人であるという意識が希薄となり、その最たるものが、国家試験から実技試験を廃止したことである。美容師、理容師国家試験で実技試験をなくすようなものである。さらに医科を真似て1年間の研修医制度が導入した。6年の専門教育の上に一年を足したものである。職人の専門学校というのは短時間で優秀な職人を育てることで、戦前の歯科医学専門学校が2年の基礎教育の上に2,3年の臨床実習をしていた時代から教育内容が多岐にわたっているとはいえ、3ないし4年増やす理由は少なく、また7年間いて戦前の歯科専門学校より実際の臨床技術の習得は劣っている。ひとえに歯科大学の関係者が、もともとの職人養成所からの脱却、大学を目指した結果であり、優れた歯科医を育てるという点では失敗している。アメリカの歯科大学は4年制で、後期の2年間はほとんど患者の治療にさいて実践的な教育をしている。この間、指導教官にチェックを受けながら多くのケースを消化して、職人としての基礎技術を学び、さらにライセンスを得るためにはペーパー試験と同時にマネキンを使った実技試験があり、これに合格しなくてはいけない。

 

大学関係者の多くは、歯科医は職人ではなく、口腔機能を維持することで、健康に寄与する医療であると唱える。確かにこうしたお題目は心地よいし、重要なことであろう。それでも歯科医院に来る多くの患者は歯が痛い、入れ歯が合わないといった患者でその質は40年前とは変わらず、逆に高齢者の低栄養、フレイルといった患者や胃瘻患者が来た場合、責任を持って医療的な助言、注意、治療ができるかというと疑問である。40年前に小児歯科にいた頃、どの歯科医院もあまりに患者が多くて、小児の治療はなおざりにされ、“鼻くそ充填”と呼ぶ、虫歯をとって、隣接面う蝕であっても連結してレジンを鼻くそを押し込むように充填するという治療が多かった。さらに防湿もお粗末なので、充填したレジンが中で固まってカタカタ動くというひどい治療であった。治療しない方がマシなくらいである。またサフォライドという進行抑制のフッ化物を塗るだけの治療も多かった。もちろん小児歯科では全て浸麻をしてラバーダム防湿をして、レジン、インレー、乳歯冠などを装着した。ところが当時からこうしたひどい治療は年配の先生がするもので、将来的にはなくなると思っていた。ところが実際は、40年経っても状況は変わらず、30歳代の先生も平気でこうした治療をする。しかも患者数は少ないにもかかわらす。歯科医は職人という感覚で仕事をすべきで、同業者から“いい仕事をしています”という評価を得たいものである。


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