子供の頃から、暗記だけは得意であった。大量のものを短期間で暗記できた。ただ欠点はすぐに忘れることで、よく天才が一旦記憶すると写真のような形で頭に残るというが、そうした類のものではない。大学生の頃だったが、ドイツ語かラテン語の試験で、前夜に500くらいの単語を一気に覚え、答案に書いて、いざ見直そうと思うと、もう忘れており、見直しできず、そのまま試験用紙を提出した記憶がある。
中学、高校になっても、世界史、日本史、などの暗記ものは成績が良く、ずっと90点以上の点数であった。それに比べて、思考力を答う数学、物理はからっきし弱く、学力試験や模擬試験でもこの両科目が足を引っ張っていた。大学入試では、生物、化学、物理の3教科から2教科で受験できる学校があったため、物理を捨てることができたが、数学はどこの学校も必須であった。英語、国語(漢文、古文)、化学、生物などは、暗記ものの範疇に入るため、何とかなったが、流石に数学は暗記ものでなく、唯一、数III、微分積分が暗記ものに近かった。そのため、学校の学力試験や模擬試験でも数学の成績が決め手となり、校内の学力試験の数学が25点しか取れず、175名中159番というひどい時もあれば、逆に数学の点数がいい時は22番ということもあった。最後までこうした落差の大きい成績であった。
高校を卒業して、最初に大学受験した時も数学が5問中、0.5問しかできず、数学の試験が終わった瞬間、落ちたと思った。その後、神戸の大道学園という予備校の試験にも落ちて、一人、大阪のYMCA予備校を受け、豊中校には入れず、天王寺校に入ったが、ここでも数学はやはり苦手だった。ところが一浪で受けた試験では、本当にたまたまであったが、数IIIが主体で、5問中、4.5問(答えは合っていた一問は半分として)正解という奇跡が起こり、合格した。
私の記憶法というのは、ひたすら口でぶつぶつ喋って、何度も、何度もページをめくっていくというもので、自分で迫力暗記法と勝手に命名した。試験直前になると、例えば世界史の場合、1ページ、数秒で次々と、「ハンイバル、カルタゴ、カンナエの戦い、紀元前216年」と喋っていく。友人からはすごいなあと言われていたが、少しイッテいる人と思われていたのだろう。この暗記法は、歯学部に入ってからも活躍し、6年間の授業や国家試験でも苦労したことはない。実際、歯学部に入ると、これは医学部でもそうだが、思考力より暗記力が大事で、授業や試験のほとんどが暗記ものであった。数学のような思考力を問うものはなかった。その最たるものは歯科医師国家試験で、ほぼ100%大量の本を読み、記憶する。たぶん医学部でも、暗記ものより数学や物理の好きな人は入学後、苦労したかもしれない。一般の人には信じられないかもしれないが、解剖学では骨の名称はラテン語の正式名でひたすら暗記していく。膨大な量であるが、全く平気であった。
その後、月日は流れ、三年前、66歳の時に新しい矯正歯科専門医制度が発足し、筆記試験を受けることになった。最初の試験であるので、かなり大まかな出題範囲のため、プロフィットという人の書いた“プロフィットの現代矯正学”の新版を買い、何度も読み、矯正歯科の基本知識をおさらいし、さらにこれまでの歯科医師国家試験(歯科矯正)などを解いたりした。ところが若い時にあれだけ得意であった暗記が全くできない。例えばターナー症候群の特徴と咬合を述べよという問題の回答でも、以前は簡単に覚えられたのだが、66歳になると全く覚えられない。半年くらい、診療の合間に勉強したが、一週間も勉強の間があくと、前に覚えたいたことをすっかり忘れている。笑っちゃうくらいの記憶力の低下である。
最終的には自分で問題を作り、それを回答するとやり方で何とか、覚えることができ、専門医試験でもまあまあの成績は取れたと思う。試験終了後、皆で答え合わせをするのだが、五人の先生で、“三番目の問題の回答はAだったよなあ”というと、三人に先生がそうだと答えるが、一人の先生は間違ったと落ち込んでいた。この光景は高校、大学でよく見たものである。この五人の先生はいずれも日本を代表する60歳以上のベテランの矯正歯科の先生で、その光景は面白かった。60歳を過ぎての暗記もの試験は相当厳しい。たぶん大学の教授でも受験勉強しないと難しいのでは。
今ではさらに記憶力が低下し、まず人の名前が覚えられないを越して、忘れていく。たぶん忘れてもAIで検索すれば簡単に検索できるという安心感も影響している。イーロンマスクはAIの進歩で医者は必要なくなると言っているが、実際、医学部の授業のほとんどが暗記ものであること、人間の暗記の限界と年齢による衰えを考慮すると、診断、治療法の多くはAIに置き変わる未来が予想される。ただマスクがいうように外科あるいは歯科治療などの手技をロボットが置き換わるようになるには、まだまだの時間が必要だろう。

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