2026年9月16日水曜日

田中清玄自伝

 


先日から、田中清玄自伝を読んでいる。田中清玄といえば右翼のフィクサーという黒く、悪いイメージの人だが、この本を読んでいると、すごく真面目で素直な人のように思える。自伝と言っても、インタービューをまとめたものであるが、それでも2年間にわたるインタビューを原稿におこし、本人にも確認したものであるので、自伝と言いっても良い。

 

戦前は日本共産党の幹部、その後、転向して、天皇主義者となり、終戦後には天皇に直接、面会をした人物で、一人の人間としての増幅は桁違いに大きい。中国では鄧小平と本音に話せる人物で、天皇訪中の裏方である。特におかしかったのは、右翼、左翼にかかわらず、嫌いなものは嫌いと率直に語っているところで、日本の首相で、評価しているのは鈴木貫太郎、吉田茂くらいで、佐藤栄作、田中角栄、中曽根で普通、その他の首相についてはアホか普通くらいにしか思っていない。最も嫌っているのが岸信介と児玉誉士夫で、児玉に雇われた殺し屋から三発の銃弾を浴びた。

 

非常に柔軟な考えの人で、靖国神社の参拝にも反対したり、全学連には資金協力もした。極端なイデオロギーに染まることもなく、日本共産党ではその中枢にいて、幹部を間近に見て、その人間性を批判し、絶望している。さらに11年間獄中にいながら、共産党、主義について徹底的に検討した挙句、その問題を認めて、転向した。実体験を通じた転向と入って良い。その後は禅の道に入り、左翼、右翼を超えた考えに至った。彼にとっての人物評は左翼、右翼、地位、年齢に関係なく、人物直接、自分の考えを持ち、営利をもてめず、女に潔癖な人物を好んだ。そして昭和天皇、平成天皇を最も愛した。

 

私もこの歳になるといろんな人物に会うことがあるが、それでも安倍首相などいわゆる偉い人は、自分たちとはレベルの違う優れた人も思いがちである。大きな会社の社長も知っているし、その業種では有名なことを勘違いして傲慢な言動をする輩もいるが、関係ない人からすればただのおじさんにすぎない。本書では、僕らの世代では共産党幹部ではクリーンなイメージを持つ野坂参三についても「(野坂の窮地を救った)あろうことかその山縣を、野坂はソ連スターリン一派に売った。問題はそれなんだよ。野坂はそういう人物だ。共産党つてそんなもんだ。人格なんかあるもんですか。自分の出征のためには何でもやる。略 共産主義者になったから、人格が向上するなんて、そんなことはあり得ない。もっと悪くなる。俺を見ろ。もう少し人間が良かったのに、共産党に入ったため、これほど悪くなったり、根性もひんまがったし、人をなかなか信用しなくなった」とけちょんけちょんである。

 

 

またこの本には入江侍従長が聞いたこととして「先の大戦において私の命令だというので、戦線の第一線に立って戦った将兵たちを咎めるわけにはいかない。しかし、許し難いのは、この戦争を計画し、開戦を促し、全部に渡ってそれを行い、なおかつ敗戦の後も引き続き日本の国家権力の有力な立場にあって、指導的役を果たし、戦争責任の回避を行なっている者である。瀬島のような者がそれだ」と昭和天皇が瀬島龍三を嫌っていた、としている。これには昭和天皇の孫の結婚式に瀬島夫妻を仲人にしたという事実もあり、田中のデマという声もある。ただ田中の天皇崇拝の気持ちを考えると、入江侍従長から聞いた話は本当と言える。天皇が喋ったというでっちあげを作って、瀬島を攻撃するような、卑怯な手段は流石にできない。

 

今でも一部の人からは神扱いされている安岡正篤にも厳しく、安岡から会いたいという話があったが、「天皇陛下のおっしゃることに筆を加えるような偉い方と、会う理由はありませんからね(笑)。私には自己宣伝屋を相手にしている時間の余裕などなかった。」と言う反面、山口組の田岡一雄とは気が合うのか、最後まで付き合った。ちなみに田岡一雄の長男、満の仲人を田中がしたが、田岡満は六甲学院の先輩に当たる。同じ、戦後の政財界のフィクサーと呼ばれる安岡と田中、どちらかというと私は田中清玄の生き方の方が人間として正直で好きである。

 

一読に値する本である。いわゆる偉人、偉い人の化けの皮が剥がれる本である。転向した裏切り者とされるが、連合赤軍のような組織にいて、よく考えれば、とんでもない組織だとわかり脱退するのは普通であろう。


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