2010年1月7日木曜日
顎関節症
口を大きく開けると痛い(疼痛)、大きく開けられない(開口障害)、開けるとあごの関節のところで音が鳴る(クリッキング)などの症状をもつ口の病気を顎関節症(がくかんせつしょう)と言います。年々増える傾向があり、上記のひとつでも過去に症状があった人を数えると1/3くらいのひとが経験しています。
このうちクリッキングについては、治療しても治らないし、放っておいても問題ないので、治療の対象にはなりません。疼痛と開口障害が治療の対象になりますが、この2つに限ればそれほど多くはありません。
原因はわかっていません。以前は主として噛み合わせの問題からくる病気とされていましたが、今では外傷、ストレス、習癖、姿勢など多くの因子が影響しているものとして考えられています。顎関節症の治療のため、矯正治療により噛み合わせを変えることは、治る場合もありますが、かなりリスキーなことであり、逆に矯正治療中に顎関節症が発症しても必ずしも噛み合わせによるものではありません。
膝と違い、あごの関節は食事以外それほど大きな力がかかることがなく、膝の関節リュウーマチのような激しい痛みはありません。多くの痛みは何となく痛い、他のことに集中していると忘れるといったものです。
あごの関節が次第に削れていく、進行性下顎頭吸収といった病気もまれにはありますが、こういった場合も患者さん自身痛みの自覚はありません。また死体骨の調査では下あごの関節が収まっているお皿の方についても、そこが削れて孔が空いているケースが割合あるようですが、それほど痛みはなかったと思います。こういったことからあごの関節は割合鈍感なところですが、頭に近いところにあるため、少しでも不快感があれば気になります。
下あごの関節のところとそれが収まっているお皿の間には、関節円板というクッションがあり、口を開ける時にそれにしわが寄ったりすると音が鳴ったり(クリッキング)、大きく開ける元に戻らなくなったり(開口障害)します。かっては手術によりこの円板を元に戻すように縛ったり、あるいはこの部分を洗浄したりしていましたが、成績も悪く、最近では行われてはいません。
また噛み合わせが関係している場合は、夜間寝ている時にスプリントと呼ばれる装置を口に入れ、食いしばりなどで強い力で咬まないようにすることで治ることもあります。
私のところで一番やっている治療は、安静療法で、痛い場合は、口を大きく開けない、硬いものを咬まない、患部を冷やすか、温める、あごを横に動かすような癖をなくす、頬杖やうつぶせ寝を止めるなどの指導をしています。さらに顎関節症はあまり気にする病気でなく、しばらくすると自然に治ると言うと安心するのか、1か月後には大抵よくなっています。
以前、顎関節症で仕事もできないような症例を経験しました。こういったケースでも痛みそのものはそれほど強くはないものの、心理的な要因により過剰に反応していると思われました。神経性の身体的な表現と捉えた方がよく、現在では顎関節に限局した疾患とは扱われず、口腔顔面痛(OFP)と言われ、薬物療法も含めた精神科と協力した治療が行われます。
歯医者さんの中には、噛み合わせの悪い患者さんに「このまま放っておくと顎関節症になって大変なことになる。口が開けられなくなる。一刻も早く矯正治療しなさい」と脅す先生もいるようです。脅してどうすんだと言いたい。顎関節症が重症化するパターンとして、最初は少し気になるということで近所の歯医者に行き、顎関節症を指摘される。直さないと大変なことになると言われ、スプリント治療を行う。ところが前よりどこで咬んだらいいかわからなくなり、かえって痛みが気になるようになり、違う歯科医を行く。そこではまた違った治療が行われ、ますます気になってしようがなくなり、また違う歯科医を訪れたところ、今度は歯を削り、被せるように言われる。その治療を受けると前に増して悪くなり、次第に夜も寝むれない、立ち上がれないといった状況になる。こういったドクターショッピングと呼ばれる次々に医者を変えることで益々悪化することあります。また歯科医も方もレスキュファンタジーと呼ばれる、他の先生は治せなくても私が救ってやるという幻想もあるため、不可逆的な治療がなされ、かえってひどくさせます。最終的には何百万円もかけ、最初よりひどくなったということになります。
最近経験したのですが、患者さんのお姉さんが県外で右あごが痛いので、近医を受診したところ、噛み合わせが関係しているかもしれないので、矯正専門医を紹介され、その矯正歯科を受診しました。そこではあごが右にずれており、噛み合わせを治さなくてはあごの痛みがとれない、費用は百万くらいかかると言われたそうです。帰省時に当院を受診されましたが、口の中をみるとほぼ正常咬合、上下の真ん中がややずれているだけで奥歯の噛み合わせも問題ありません。矯正治療する必要はありません、痛みがでれば安静にしてくださいと言って帰させました。
一般歯科医の対応は問題ありません。問題は紹介された矯正専門医です。現在の研究結果では噛み合わせと顎関節症との因果関係は否定されています。たまには治ることもあるでしょうが、上記のケースで仮に矯正装置を入れ、1年以上治療し、百万も出してなおらなかったらどうするのでしょう。まして矯正治療は不可逆的な治療法で治る可能性と同じくらい悪化する可能性もあります。私は、顎関節症のみを主訴とした患者さんには矯正治療を絶対に勧めません。少なくとも見栄えは治すことはできても痛みや不快感については、やってみないとわからないこと、場合によっては悪化すること、治る可能性は低いことを説明した上、それでも治療を希望する場合はすることもありますが、希有です。明らかな口の開け閉めがおかしい場合でも、そういった分野に詳しい先生に紹介し、可逆性のスプリントによる治療を行ってもらいます。それで治ればいいですし、その上で大規模な補綴治療と矯正治療の選択で、矯正治療を選択した場合は、治療を着手します。
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