2011年8月4日木曜日

床矯正治療



 口の中に取り外しのできる入れ歯タイプの装置を使った床矯正治療が、今一般歯科医の間で非常にはやっていますし、それによる治療を受けている人も多いと思います。広い意味でいうと床矯正治療の範囲は非常に広く、ビムラー装置や、フレンケル、ツインブロック、ムーンシールドなどあごの発育をコントロールさせる機能的矯正装置も床矯正治療に含まれますし、舌の癖をとるための装置、あご、歯列を拡大する装置もこれに含まれます。ほとんどはヨーロッパ由来の矯正装置で、今でも多くの種類の治療法があります。

 一方、歯1本1本を動かすとなると、床矯正装置による治療には限界があるため、歯1本ずつに装置をつけたマルチブラケット装置が主流となります。アメリカではヨーロッパ由来のこういった装置を使うことは1980年代までほとんどなかったですし、ヨーロッパにおいても同様に1980年ころまでマルチブラケット装置は一般的でなく、もっぱら床矯正治療が使われていました。ところが1970から80年ころを境にヨーロッパでもマルチブラケット法が主流となり、アメリカでも床矯正装置を使うことが増えてきて、現在に至っています。

 日本でも1970年ころまでは、大阪歯科大学の先生らを中心に床矯正装置を使った治療が多くなされていましたが、私が矯正科にいた当時、1980年代には大学病院で床矯正治療を行っているところはほとんどなくなりました。欧米と同様の傾向です。この一番の原因は、マルチブラケット装置の操作性が向上し、治療自体も簡単になったためです。一時、ほとんどの床矯正装置は姿を消しましたが、1990年頃から床矯正治療の一種の機能的矯正装置が復活し、あごの発育には使われようになってきました。下あごの小さな上顎前突の症例では発育期に機能的矯正装置を使い、上下のあごの関係を是正し、仕上げにマルチブラケット法を使うやり方が取り入れられてきました。私のところでもそういったやり方をしています。現在では、睡眠時無呼吸の患者さんにも床矯正装置が使われていますし、舌の位置を変えて、正常な嚥下方法を学ばせる補助装置などにも使われ、マルチブラケット装置との棲み分け、併用となってきています。

 ところが現在、はやっている床矯正治療は、主として歯列の拡大を狙ったもので、ネジを使って、あごを横に広げ、歯が生える場所を作る治療法です。原理は1930年代のもので、装置自体もほとんど変わっていません。全国の歯科大学歯科矯正科でもこの治療法を主体として使っているところは一ヶ所もなく、欧米の歯科大学、あるいは矯正歯科専門医でもほとんどないでしょう。理由は、この治療法ではうまく治療できないことと、治療自体あまり無意味であるからでしょう。狭い上あごを横に広げることは、多くの研究により立証され、安定しますが、下あごを横に広げることは否定的で、多くの場合、後戻りをおこします。患者さんには数年単位で使用させる必要があり、途中使わなく場合も多く、結果的には何の効果もなかったということになります。

 さらに言うと、下の前歯の多少のでこぼこについては、我々矯正歯科医はほとんど治療はできないと考えています。日本人のおそらく7、8割にでこぼこが見られ、ほぼ常態化したものであり、治療自体は簡単でも永久にきれいな状態で維持するのは不可能と考えています。成人で上の前歯はきれいに並んでいて、下の前歯のでこぼこを治してほしいと来院する患者さんがいます。マルチブラケット装置で治療すれば、数ヶ月で治療できるでしょうが、それを維持するのは非常に難しいため、あまり治療は勧めません。どうしてもしたい場合は、下の前歯に固定式の保定装置を使いますが、それとて外れるとまた後戻りします。

 あごが小さくなった現代人では7、8割の子供に下の前歯がでこぼこになりますし、そういった意味では床拡大装置による適用症例は大変多くなり、治療をする患者さんの今後とも多くなるでしょう。ただ一旦は治っても、結局は後戻りをすることになりますし、治療に不信感を持ち、矯正専門医への転医を希望されても、治療途中の場合は、主治医の許可なく、転医をすることはできません。基本的には主治医のもとで治療を継続することを勧めます。というのはこれまで支払った料金が無駄になること、責任の所在がはっきりしないこと、さらには治療途中の患者さんを勝手にみることは相手の先生に失礼になるからです。床矯正難民という言葉もあり、費用が安いからといって安易に飛びつくのは後々問題になることもありますので、ご注意ください。平均的な日本人のかみ合せ、とくに下の歯列はおそらく軽度のでこぼこでしょう。床矯正治療が仮に効果があったとしても、軽度のでこぼこのケースであり、特に患者さんが望まない限り治療の必要性はありません。治療の必要な重度のでこぼこは最終的には抜歯+マルチブラケット法による治療が必要ですが、こういった症例も含めてすべて床矯正で治療しようとするため問題となります。おまけに床矯正のみで安価で治ると宣伝するのは、いささか誇大広告と思われます。

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