宮崎駿の「風立ちぬ」を見てきた。飛行機ファンにとっては、「紅の豚」以上に楽しめた。まず雲の表現が際立って美しく、実写を混ぜているのではと見間違うほどで、細部の作り込みも尋常でない。美しい雲である。最後に、荒井由実の「ひこうき雲」が流れるが、まさしく飛行機と雲、空の映画である。
テレビで宮崎監督は、この作品は遺作だと冗談ぼくしゃべっていたが、彼からすれば、アニメ作家というより、個人として思い残しのない作品となったであろう。宮崎監督のミリタリーもの好きは半端でなく、ことに飛行機への思いは強い。ただアニメという枠、あるいは商売としての制約を考えると、好きとは別のことを要求される。かつて「紅の豚」で半分ほど自分の好きな飛行機を主題とした作品を発表したが、興行的には低調で、また評価も低かった。その時、自分の趣味と商売は別にしようと決意したに違いない。
隣に小学2、3年生くらいの子供が父親に連れられて見にきていたが、つまんないと言っていたし、若い女の子は空想シーンと現実がどうつながっているかわかんない、難しい映画だと言っていた。はっきり言って、子供向きのアニメではない。
内容はネタばれになるので触れないが、堀辰雄の「風立ちぬ」の物語は、堀越次郎の話の付け足しのような感じがして、映画として成立、あるいは興行的な観点から物語に挟まれたような気がする。あくまで主題は堀越次郎というか、飛行機と空の話で、本当に宮崎監督の好きなテーマである。それが一番端的に現れているのが、飛行機の種類で、最初に少年時代の夢に登場するは、完全に創作だが、翼はオーストリアのタウベ飛行機風で、胴体はモノコック構造のアルバトロス風である。タウベとは鳩を意味し、その主翼と尾翼は鳩の羽根の形状から取られたものである。それともイタリアのカプロニCa20に触発されたのか。どちらも単翼の初期の飛行機としては美しいものである。また三枚翼を三連並べた大型の水上旅客機が映画に登場するが、これはカプロニ CA60トランスアエロという実際にイタリアで試作された飛行機で、映画通り、実験中に墜落した。これなどいわゆる珍飛行機と呼ばれるもので、その構造からは飛べそうな機体ではないが、その形態の面白さから、どうしても宮崎監督からすれば紹介したい機体だったのであろう。
さらに宮崎監督の一番のお気に入り、ユンカースG38は、最初私が知ったときは驚いた機体で、翼の中に客室があり、通路になっている。この場面は映画でも詳しく描かれていて、宮崎監督のことだから実際の機体をずいぶん調査したのであろう。エンジン室がまるで船のようでおもしろかった。ユンカースの波状のジュラルミンを使った特徴的な機体は、不思議な美しさがあり、無骨で決してスマートではないが、金属的な雰囲気があって好きな機体である。
一番、驚いた、あるいは宮崎監督のオタク度を示すものは、九十六式陸上攻撃機のシーンである。試作機であるので、通常はよく知られた九十六式を描けばよさそうだが、このシーンを見てエンジンが液状のものとなっている。おかしいなあと思って、調べると、本庄技師が携わった海軍の八試特種偵察機は、九十一式500馬力発動機(水冷W型12気筒)を装備していた。確かに九十六式陸上攻撃機の試作機も水冷の九十一式600馬力と空冷の金星二型、三型が試され、最終的には金星三型が採用された。映画で描かれたのが、八試特種偵察機か九十六式かはもう一度、見ないとはっきりしないが、胴体後部がスマートで、オタク度満点の八試を出したのかもしれない。世界の傑作機シリーズ「九十六陸上攻撃機」でも八試のことはほとんどふれられず、翼パネルの開閉方法などは初めての情報であった。
ここまで書いてみて、宮崎監督の飛行機オタク度はおわかりいただけると思う。カンヌ映画祭にだすようだが、アニメ史上最高の描写をしても、これは宮崎監督自身の飛行機グラフィティーと呼べるもので、数々のヒット作を出したご褒美として自分の一番好きな飛行機を描いたということで、映画作品としては、どうかなあと思う。自分自身、飛行機が好きなため、本当にうれしい映画であることは間違いない。自由に空を美しく、鳥のように飛ぶ。飛行機の発展は戦争によるものだけに、戦争を憎むと言っても矛盾した思いであるが、それでも設計者は美しく、最高の飛行機を作ろうとした。
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