2014年3月17日月曜日

上顎前突のガイドライン


 最近、腹が立ったことのひとつに、日本矯正歯科学会の上顎前突のガイドラインのことがあります。医科の方では、糖尿病、血圧など色々なガイドラインがあり、基本的にはそれに沿うように治療する指針となっています。

 こういった流れに沿って、日本矯正歯科学会でも学会による上顎前突のガイドラインが作られることになり、現在、製作中です。この内容については、まだはっきりしませんが、一期治療、早期治療を否定するような内容になっているようです。上顎前突の一期治療、早期治療というと、機能的矯正装置に代表されるように、成長期に装置を使って下あごの成長を促進させる、あるいは上あごの成長を抑制させるものです。上下のあごのずれによる骨格性上顎前突では、こういった治療法により効果があると、その後の治療が大変、楽になります。症例によっては、この一期治療のみで治ることもあります。

 学会からでたガイドラインの試案では、アメリカを中心とした研究から、機能的矯正装置は効果がないとしているのでしょう。確かに最近はやりのEBMに準じた研究から、アメリカ、白人について言えば、機能的矯正装置を使って下あごが大きくなったというが、マルチブラケット装置で治療中にも同じくらいの成長量があるのだから、機能的矯正装置は意味がないと研究が多く存在します。機能的矯正装置がヨーロッパからアメリカに導入されたのが、1970年代で、当時から機能的矯正装置は無意味だという勢力は強かったようです。

 私は次のように考えます。下あごががっちりした症例では下あごの成長が大きく、逆にきゃしゃな下あごでは小さいと言われますが、思春期のあごの成長にはかなり個人差があります。以前、非抜歯できれいに治した症例があったので、演者に「マルチブラケット装置を入れる前によくあごの発育を予想できましたね」と問うと、「たまたまです」と答えていました。実際にABOというアメリカの矯正歯科の専門医試験がありますが、この試験に提出された上顎前突の下顎骨の成長を調べた研究がありました。平均の2倍の成長があったようで、著者は「ABO成長」と皮肉ぽく書いていました。つまり成長の大きかったいい症例を提出したということです。

 当然、機能的矯正装置を使っても下あごの成長が少ない症例はあります。それでもマルチブラケット装置が入る段階で、あごの成長の有無がはっきりすることは治療計画、抜歯を考えるのは利点と考えます。

 アメリカ矯正歯科学会のウィンターミーティングに出た先生によれば、今回の学会では民間の医療保険会社の宣伝が多かったと言っていました。保険会社からすれば、一期、二期と分けられるより、二期だけになった方が経費がかかりません。アメリカの学会は、訴訟や医療制度に敏感で、20年程前に顎関節症と咬合の関連が指摘され、患者からの訴訟があいつぎました。この時は、しばらく間、学会誌は顎関節症と咬合、矯正治療は関係のないという論文ばかりが立て続けにでました。同じようなことが今回も起こっているのかもしれません。

 今回の上顎前突のガイドラインについては日本臨床矯正歯科医会の先生が、多くの他の研究を提示して、いちいち反論してくれたようで、結果的には一期治療も併記されるようになったと聞きました。開業医が大学の教授にアカデミックに対抗するのは時間的にも大変だったと思います。ご苦労さまでした。それにしてもガイドラインの草案は、委員会、理事会で審議されたはずなのに、どの教授からも反論が出ないとは恐れ入ります。

 ガイドラインは、訴訟の場合には、それに従っていないかが問われる非常に重要な指針となります。極論すれば、日本矯正歯科学会に提出される症例、研究のうち、これに沿わないものはすべてリジェクトできます。なぜなら科学的に根拠に基づかない無意味なものだからです。さらに言うなら、ヨーロッパの矯正歯科をすべて否認することにも繋がります。ヨーロッパではマルチブラケット装置と並んで、未だに機能的矯正装置は臨床では多く使われていますが、これらすべて日本のガイドラインからはダメと言っていることになります。


 ガイドライン作成の本当の目的は、無意味かつ害をなす治療から患者を守ることでしょう。であれば、今、最も深刻な問題となっている床矯正治療による非抜歯治療、叢生について取り上げるべきであると思います。一方、ヨーロッパ、アメリカですでに存在している過剰な歯科放射線のよる害を防ぐようなガイドラインは一部、歯科放射線学会から出ていますが、矯正治療に関わること、例えばCTの過剰撮影などは矯正学会のガイドラインとしてきちんと通知すべきと思います。

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