この時期になると、学校歯科健診で『不正咬合』と指摘され、来院される患者さんがたくさん来ます。健診は5月ころに行われますが、忙しくて夏休みになって来院されます。
最初に「どこが気になって来られましたか」と親御さんに聞きますが、「学校健診で指摘されたので」と言うので、もう一度「これまで歯並びで気になる点はありましたか」と聞くと、「特にありません」と答えます。こういった会話は「学校健診」を「健康診断」で置き換えると、他の医科あるいは歯科でも日常的によくあるものです。患者さんにはわからなくても、専門家により異常が発見され、精査が必要ということです。
ただ不正咬合については、誰でも見ればわかるもので、専門家に指摘されて始めてわかるものではありません。かみ合わせが逆の反対咬合、でこぼこの叢生、出っ歯の上顎前突なども、親御さんがお子様の口を見ればすぐにわかるものです。全く気にはなっていないが、学校健診で指摘されたので、取りあえず来たということなのでしょう。当然、矯正治療、期間、費用などの説明をすると、ほとんどの人は治療をしません。
矯正治療の一番大きな特徴は、治療しなくても全くかまわないということです。一番重篤な下顎前突、下あごが前に出てかみ合わせが逆の症例でも、食べにくいとは思いますが、それで食事に困るということはありません。よく教科書では矯正治療の目的の一つに、咀嚼障害、発音障害などを挙げられていますが、実際の患者さんの主訴で、こういった障害を持つひとは1%もいません。大抵の患者さんは不正咬合があっても咀嚼、発音には全く問題はありません。
また矯正治療は緊急性がありません。骨格性の問題を有する患者さんはアゴのコントロールをするため、早期に治療した方がよいともいわれていますが、これとて1、2年治療が遅れたかといって手遅れということはありません。
それ故、矯正治療では、患者さん、親御さんが不正咬合に気づき、治療したい、させたいということが前提となります。健診で指摘されても治療する気がなければ、それでいいですし、無理矢理治療を勧めるものではありません。当然、保険がききませんので高額な費用もかかりますし、また期間もかかります。こういったデメリットを十分承知の上、それによって得られるきれいな歯並びを希望される方が対象となります。この点通常の医療とは若干違う点です。
ただ難しいのは親御さんが子供の治療を希望されていても、お子さんが拒否している場合です。お子さんが小さいうちは、親御さんの希望を優先して検査、治療に入る場合もありますが、小学校の高学年になると、患者さん自身の気持ちを優先するようにしています。患者さんが治療を希望しなければ、治療しません。いずれ患者さんが気になって治療を希望した時点から始めても治療は可能だからです。
こういうことを言うと、矯正治療なんか必要でないんじゃないかと言われそうですが、先進国ではきれいな歯並び、笑顔を重要なチャームポイントとなります。多くの研究できれいな歯並びの人はそうでない人に比べて、魅力度がまし、プラス面の評価を受けます。人間社会が対人関係で成り立っているならば、人からプラスの評価を受けることは人生における様々な局面で得をします。欧米では業種にもよりますが、歯並びが悪いと就職できない仕事もありますし、矯正治療が当然の社会では、不正咬合の方がかえって目立つことになります。
こういったこともあり、欧米では子供たちも矯正治療に対する抵抗感は少なく、成人儀礼のような形で、大人になる前に不正咬合は治療しておくというのが一般化しています。日本でもようやくそういった機運が出てきましたが、まだまだ一般化しているとはいえないと思います。アメリカ映画「ゼログラビティー」では、衛星の破片でシャトル内部も破壊されます。その空間にふわふわ浮いているのが、搭乗員のものでしょうか、保定装置です。宇宙でのミッションの最中もきちんと搭乗員は矯正治療後の後戻りを防ぐため保定装置を使っていたようです。
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