2018年10月7日日曜日

一般歯科でのマルチブラケット法


 私は大学卒業後、小児歯科の先生に熱心に誘われ、小児歯科教室に入局した。ここでは小児の治療一般と障がい児の歯科治療(全身麻酔含)を習った。さらに当時、咬合誘導という概念、不正咬合が顕著になる前、成長期に治療介入することで、健全な歯並びを育成しようという考えがはやった。当時は、今と違ってう蝕により早期に乳歯を喪失することがあったので、その空隙保持のために、クラウンループ、ディスタルシューや小児用義歯などを作ったし、さらに反対咬合の患者にはリンガルアーチとチンキャップによる治療を行った。その一方、口蓋裂患者については、小児歯科、矯正歯科、口腔外科が共同のチーム(合同外来)を作り対応していたので、そこに小児歯科の一員として参加し、マルチブラケット法も含めた簡単な矯正治療を習った。

 ただ不正咬合の主要な治療法、マルチブラケット法については、矯正科に残り、きちんと習わなければ修得できないとわかったので、鹿児島大学歯学部矯正歯科に移った。ここで8年間、マルチブラケット法を勉強し、現在、矯正専門医として開業している。アメリカの例でもマルチブラケット装置の修得にはフルタイムで最低3年間は必要とされ、簡単には学べるものではない。

 昔の歯科雑誌をみていると、マルチブラケット法を教える講習会が多くあったが、最近ではこうした講習会は少なくなり、簡単な既製のマウスピースを使った講習会が多くなった。早くから習癖をなくし、あごを広げることで、将来的にマルチブラケット装置をつくる必要がなくなる、費用も安くなると宣伝している。数回のコースで講習費用も安いので、人気がある。また実際に臨床で使う場合もメーカーから、こうした既製の装置を購入して、患者に使わせるだけなので、簡単である。

 私自身、こうした傾向について、昔、小児歯科にいたこともあり、それほど気にしていない。効くかどうか、わからないが、少しやってみよう、治らなければ専門医に紹介すると、安い値段で治療するのであれば別段構わない。ただ問題なのは、こうした装置を使って金儲けをしようとする歯科医がいることだ。既製の装置であるので一個、数千円くらいである。仮に数個の装置を使っても原価は2、3万円くらいであるが、装置の調整をするわけでなく、ただ経過観察をするだけで、数十万円の治療費をとるところがある。こうした取り外しのできる矯正装置は、ほとんどの場合、子供が途中で使わなくなる。そうすると使わないから治らないと怒られる。逆に真面目に使って、治らないと、おかしい、治るはずだがと言われ、何もしてくれない。矯正の専門家からみれば、こうした装置だけで治るケースは少なく、最終的に永久歯の抜歯やマルチブラケット装置による治療がどうしても必要となる。ところがこうした先生はマルチブラケット法の修得は時間がかかるため、勉強しておらず、お手上げとなる。もちろん治らなかったとしても返金はない。

 マルチブラケット法に強い歯科医(専門医)は、どうせ仕上げにマルチブラケット装置を使うのだから、早期治療をしないという先生も多い。私のところでは積極的に早期治療を行っているが、それでも一期治療だけで治るケースは20-30%くらいであろう。つまりマウスピースのような既製品や拡大床装置を使った治療で、治るのは20%くらいであり、かなり信頼性が低い治療法となる。そうであるなら、治療費は安くするか、あるいはマルチブラケット法も含んだ総額の治療費を提示すべきである。

 安物買いの銭失いというよく言うが、「早目に治療すれば簡単に安く治療できる」というおいしいうたい文句には充分に注意されたい。もしうまくいかなくても、それほどの金額でなければ、試してみるのもいいだろうが、2,30万円以上するなら、マルチブラケット装置による治療より安いと言われても、治らないと全く無駄になるので、止めた方がよい。昔、鹿児島大学にいた頃、市内の開業医で治療中の患者が来た。母親はなかなか治らないという。むちゃくちゃな位置にブラケットがついているが、矯正費用を患者に聞くと、ブラケット1個、100円だったという。これにはさすがに患者も苦笑いしていたが、こんなデタラメな治療でも料金が安ければ許される。もちろん治療による医療障害があるなら問題であろうが、そうでなければ治療費が安ければ、治療結果が伴わなくても患者からはある程度許される。一方、料金が高いと、それ相応の結果が望まれ、それに答えなければ、クレームとなる。私がみると、どうも既製品などの簡単な矯正装置で高い費用をとる歯科医院は、高い、安いの感覚が狂っている先生なのだろう。本格的な矯正治療が100万円なのに、簡単な矯正装置で20万円ならうまくいかなくても安いという考えなのだろう。2万円の寿司に対して4000円の寿司はこんなものという考えなのだろうが、そうした考えができるのは500円寿司の場合であり、お客からすれば4000円でまずければクレームがつく。歯科医から早くすれば安く、簡単に治ると勧誘されても、必ずマルチブラケット装置を含めた総額の費用を聞くことを勧める。

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