2018年12月9日日曜日

顎関節症と矯正治療



 昨日も、口腔外科の先生から顎関節症の治療のためということで患者が紹介されてきた。なんでも下の奥歯を虫歯で抜いたところ、頭痛がして口があまり開かなくなったという。近所の歯科医院を受診したところ、口腔外科に紹介され、そこでは投薬と開口訓練を受けた。これ以上は治らない、歯並びが悪いので、矯正歯科で診てもらったらということで当院を紹介された。

 上顎前突の開咬症例で、単純に歯並びだけを直すなら、上下左右第一小臼歯の抜歯とマルチブラケット装置による治療が必要となる。ただ不正咬合を矯正
治療で直しても、顎関節症は治る保証はない。これまでの経験からすれば、変化ないという場合がほとんどで、劇的によくなった症例も経験したが、この症例では、数歯がぶつかってアゴの運動が極端に阻害され、矯正治療で歯の干渉がなくなって、顎が自由に動けるようになったので、顎への負担が減り、顎関節症の軽減に繋がった。こうしたケースは稀にあるが、多くの場合は、何もしなくてもよくなるし、逆に色々としてもなかなか治らない症例は、矯正治療をしても変化はない。

 ここ10年の研究では、顎関節症の原因としては、ストレス、打撲、習癖、姿勢などが挙げられる、咬合との関連はあまりないとされている。一部の先生は、咬合を顎関節症の原因とすると補綴、矯正など、咬合を大きく変化させる歯科の訴訟が増えるため、そうした関連性を否定する研究が多いとしている。30年ほど前、アメリカで矯正治療が顎関節症の原因だとする訴訟があった。具体的にいうと小臼歯を抜歯してマルチブラケット装置による治療を受けた患者が、治療後に顎関節症になり、そのために訴訟を起こした。今でも標準的な治療法である。それに対してアメリカでも非常に特殊な取り外しができる矯正装置をメインに使う先生が患者側の弁護にたち、非抜歯でマルチブラケット装置を使わなければ、顎関節症にならないとした。結果は確か、負けて賠償金を払ったと思う。その後、アメリカ矯正歯科学会が猛烈に反対し、しばらく学会誌は関係がないという研究結果を多く載せた。そのせいもあり、現在では、顎関節症学会のガイドラインでも不正咬合と顎関節症との間には因果関係はないということになっている。

 最近では流石に少なくなったが、それでも咬合を変えると、顎関節症のみならず、体の調子も良くなるという歯科医がいる。肩こり、頭痛、腰痛などの深刻な症状を持つ患者は藁をすがる思いで来院し、噛み合わせを治すとこうした症状が消えると言われれば、高額な治療費を払っても受けるだろう。ただ良くなることは少なく、文句を言うと“他の患者さんは良くなるのですが、どうしたことでしょう”と逃げる。医療の不確実性、治らないこともあるという論理で、訴訟を起こしても厳しい。

 私の診療所では、不正咬合を持つが、顎関節症だけを主訴とする患者さんは断っている。なぜなら不正咬合を治療しても顎関節症が治る可能性は低いからである。不正咬合の形態を治すことはかなりの確率で可能であるが、顎関節症のような機能を直すことは、実際に難しいし、“治るかどうかわかりませんが、やってみましょう”と言うこともダメである。なぜなら矯正治療の場合は、高額な治療費がかかるだけでなく、治療期間も長く(2年)、さらに後戻りのできない不可逆的な治療であるからである。あくまで“治るかどうかやってみましょう”治療は、可逆的でリスクの少ないものに限られる、そうでなければ、やってはいけない。医学には不確実性という事実はあるが、それでも成功率の高低はあり、出来るだけ成功率の高いものを提供する義務があるし、顎関節症の治療としての矯正治療は許されるものではないと考える。

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