2019年1月1日火曜日

下澤木鉢郎3


お師匠さん(1957)

下北の女(1948)

津軽の農婦(1970)


 最近では、ヤフーオークションで、書画を買うことが多い。今のところ、集中的に集めているのが、播州出身の土屋嶺雪と香川出身の近藤翠石の作品で、それぞれ10点くらいは集まった。ある程度、集まると画風や落款、署名でほぼ真贋はわかるし、さらに作品制作の年代も絞れるようになる。何より、昭和初期ではある程度有名であった二人の画家も今では全く忘れられた画家なので、私以上の作品数を持っているコレクターはいないと思う。オタク的ではあるが、両画家の権威となったとも言えよう。まとめて展示すると画風の流れなどがわかりおもしろいが、出身地以外に展示会の開催はあり得ないので、将来的には寄贈を考えている。

 10年以上前になるが、弘前のダイエーで弘前博物館主催の下澤木鉢郎の版画展があり、どこかユーモラスな作品に惹かれ、何点か版画を買った。最初は青森市の画廊で、「しぐるる山湖」という冬の津軽を描いた作品を買い、その後、昭和8年のモノクロの小品を、さらにオークションで「碇ヶ関」など3点ほど買ったが、その後は、機会もなく購入していない。今回、オークションをのぞいてみると、「お師匠さん」というやや大型の版画が出ていた。あまり競合者もおらず、9000円くらいで落札できた。額縁代くらいの値段である。これは1957年に行われた東京国際版画ビエンナーレに出品された作品である(他には「唄う子」を出品)。もちろん実際に出品された作品そのものではないと思うが、他の作品でも数十部程度しか刷っておらず、この「お師匠さん」も刷った数は少ないと思う。下澤木鉢郎版画集(1980)を持っているが、この本にはビエンナーレに出品した二つの作品は載っていない。第一回東京国際版画ビエンナーレには世界29の国から500の作品が、日本からは200点の作品が集まり、長谷川潔や浜口陽三など新しい流れの版画家も出品している。下澤の弟子といってよい棟方志功は八曲一双の横幅746cmもある意欲作「群生の柵」を出品するが、国内の審査員から反対され入賞は叶わなかった。棟方志功がヴェネチア・ビエンナーレで国際版画大賞を取ったのが1956年で、大きな話題となり、戦後の日本の版画界の実力を見せようと開催したのが東京国際版画ビエンナーレである。多くの日本を代表する版画作家が自信作を応募した。その中での下澤の作品「お師匠さん」である。あまりやる気が見えないし、作品自体に現代的な雰囲気が少ない。こうした作品を国際版画ビエンナーレに応募すること自体、なんかなあという気がする。普通ならもう少し、賞をとってやる、世間をアッと言わせてやると言った気持ちが見られそうだが、この作品にはそうした欲はない。飄々とした下澤の性格がそのまま出ている。彼にとっては、おそらく後輩、弟子にあたる棟方から出品を依頼され、仕方なく、あるいはこれでも彼にとっては少しやる気を出したのかもしれないが、出品したのがこの作品である。見ていると、下澤の得意とする風景画にも共通する和モダンの雰囲気があり、しっとりし、伝統的な日本版画の単色の平面の組み合わせであるが、複雑で深い色合いを感じさせる。また太い輪郭線は厳しい師匠の性格を表している。それでも抽象画的な版画が多い国際版画ビエンナーレには似合わない。ただ大きさは縦63cmに横50cmと彼の作品の中では大きな方で、“下澤木鉢郎版画集”に載せられている、88の作品でもこれほど大型の版画はない。大きな会場に合わせて大型の作品を出品したのだろうか。また彼のほとんどの作品は小さな印章のみ捺されているが、この作品は印象の横に赤字の手書きのサインが入っている(通常は絵の余白にサインが入っている)。

 私は歯科医なのかもしれないが、この作品でも口元に目がいく。黒と白の画面で歯並びが表現されている。版画で女性の笑顔を表現することは少ないし、あっても歯自体を描くことはない。歯と歯の境界を線できちんと描くと、かなり下品な感じがするため、私は絵画で歯を描くことは禁忌と考えているが、この作品では平気で描いている。下澤の他の女性を描いた作品、昭和23年の「下北の女」、昭和45年の「津軽の農婦」でもそうした表現はない。ちょっとひねくれているが、下澤のビエンナーレに対する挑戦なのかもしれない。また通常、人物の後ろには縦の線、例えば柱などは避けるが、この作品では日本の柱が人物の後ろに描かれている。むしろこうした構図に無頓着な江戸時代の浮世絵を彷彿させる。

 下澤の版画を代表する作品の一つであろう。

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