戦後最大の偽書事件「東日流外三郡誌」(斉藤光政著、集英社文庫)を読んだ。五所川原市の和田氏による偽書を扱った本で、内容については、他の本、雑誌、新聞で知っていたが、こうして直接の当事者から時系列的に事件の経過を書かれると、あたかも推理小説のように面白い。何より文章がわかりやすく、さすが新聞記者だと思った。自分でも文章を書いているが、地名などの固有名詞の説明は面倒なので、つい省略していましがちだが、本書では、青森のことを知らない読者にもはっきりわかるような説明をつけていて、非常に丁寧な文章運びである。小説家の文体は、1の事象を想像力により5にするものだが、本書のような新聞記者の文体は1の事象をわかりやく2にする文体である。あまり長過ぎても紙面の無駄にあるが、そうかといって短いとわかりにくくなる。
以前、このブログでも板柳町誌に載っていた板柳のルイ一族のことを書いた(2016.3.10)。これは板柳で果樹園を営む松山家に残る言い伝えで、自分の先祖はヨーロッパの百年戦争の末期にフランス王族、ルイ家が没落して、その子孫が津軽に住み着いたというのだ。そのため、今でも女の子が生まれる先祖のジャンヌダルクにあやかりエリ、ミル、リセ、レス、ミレなどフランス語にあやかった名をつけたという。地元には元県会議員が中心となってルイ一族亡命の遺跡を守る会が組織されているという。これは1977年の町誌に載っている話で、その後、全くそうした話は聞かないので、この会もすでになくなっていると思うが、本書でも紹介されているが南郷村のキリストの墓など、こうした不思議な話は青森県に多い。
どうしてこうした偽書が現れるか、不思議なことであるが、世の中には虚言癖を持つ人がいて、しゃべるだけならまだしも、本にする人がいるからである。もちろん私のような自費出版する場合は、誰も内容をチェックする人が多いので、偽書は多いが、正式な出版会社が発行するとなると、こうした会社にも偽書の責任が出てくる。これも以前にこのブログで書いたが、「跳べ 世界へーエアラインから国連、国際NGOへー」(佐藤真由美著、解放出版社)もかなり嘘の多い本で、戦前、母が東京帝国大学医学部を卒業して、軍医となり、戦後は東ドイツ、北京大学の教官となったなど、普通に考えれば全くの嘘だとわかることが多い(戦前、東京帝国大学医学部は女性を受け入れていない)が、女性セブンなどの雑誌や毎日新聞にも取り上げられた。記者から編集長まで、誰もこうした明らかな嘘が見抜けないのに驚いた。さらに著者の佐藤真由美さんが板柳町の出身なので地元の東奥日報でもインタビューしようと思い、そのことで私にも連絡がきたが、怪しいのでやめた方が良いと助言した。
時々、東奥日報でも津軽の忍者あるいは忍者屋敷という特集記事が出る。青森大学薬学部の清川教授が中心になって、資料の収集や忍者屋敷の保存、観光化などの提案をしているが、肝心の忍者屋敷の真偽については、専門家は口を閉ざしている。私のようなアマチュアが適当なコメントをしているが、どうも歴史の専門家はこうした厄介なことには首を突っ込まないようである。全く「東日流外三郡誌」と同じことが起こっている。この時も弘前大学国史学研究室では、「東日流外三郡誌」のような偽書を研究対象にするのは時間の無駄であり、黙殺こそが学会の常識という。確かに矯正歯科の分野でも、マウスピースのような器具でなんでも治るという馬鹿げた治療法があるが、いちいちこうした治療法に学術的に反論するのも面倒なので黙殺している。多分、忍者屋敷の件に関しても同様な態度をとっているのだろう。
偽書あるいは嘘のニュースについては、専門家は黙殺するのであれば、それが真実として広まるのは、マスコミにかかってくる。嘘を否定するのは、嘘を言うよりはるかに大変で、また逆に非難されやすい。それでも慰安婦問題における吉田清治の著書(偽書)のような大きな問題となる場合もあるので、マスコミも偽書に対してはきちんと対応しなくてはいけない。
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