2020年8月12日水曜日

困った先生

 


 最近ではう蝕も少なくなってきたため、一般歯科でも矯正治療に手をだす先生が増えてきた。以前は、夏休みといえば待合室に子供がいっぱいになり、う蝕治療だけでも大変で、矯正治療どころでなかった。ところが最近では学校健診をしても未治療のう蝕は少なく、先生によっては子供の治療をほとんどしたことがないという。私のところに来る患者さんも一度も歯科医院に行ったことがなく、矯正歯科医院が初めてだという子供も多い。

 

 歯科医院の経営難につけ込み、医療コンサルタントによる講習会が盛んである。講習会のほとんどは、歯科医院の経営状態をよくする方法として、自費率の向上をうたい、その中で矯正治療の導入を勧めている。多くの歯科医院は、矯正治療は自費治療で、期間もかかり、責任もあるので、なかなか手を出さないし、やるとしても子供の簡単な不正咬合について、極めて安い料金で治療を行う。ところが本当にごくごく一部の歯科医院であるが、ネットやテレビで大々的に広告をして、矯正治療を宣伝しているところがある。先生の履歴を見ても、少なくとも大人の矯正治療をできる臨床技術はないと思われる。こうした先生のところでは、ある程度治療すると、これでおしまいと言われる。文句を言うと、専門医でないのでこれ以上の治療はできないと言う。これで費用が専門医より安ければ、まあ納得もいくが、専門医以上に高いところがある。患者にすれば矯正歯科を標榜するのだから、きちんとトレーニングも受け、治療もできると思うのだが、実際の治療レベルは低い。

 

 患者にも問題があり、いくつかの先生(矯正専門医も含む)で相談にいき、ここだけはやめた方が良いところを選ぶ人がいる。四人の矯正専門医が歯を抜かなければ、きちんとした治療ができないと言い、一人の一般歯科医が歯を抜かなくても治療はできると言うなら、四人の専門医の意見に従うはずだが、敢えてこの一般歯科医を選ぶ人がいる。こうなると全く自業自得であるし、仮にうちに転医を希望しても、申し訳ないがこうした患者さんの治療は断る。

 

 私は、大学卒業後、最初に小児歯科に入局した。三年目からは口腔外科、小児歯科、矯正歯科、言語治療室からなる合同外来と呼ばれる口蓋裂専門外来に行き、主として矯正治療の研鑽を行なった。小児歯科でも咬合誘導と呼ばれる簡単な矯正治療をしていたが、それだけでは不十分と考え、矯正歯科を本格的に学ぶために、鹿児島大学に移った。そこで学んだことは、厳しい言い方であるが、一般歯科医はいくら学んでも本格的な矯正治療はできないということである。矯正科の医局で、3、4年ほど医員として矯正治療を研鑽しても、専門医として開業するにはまだまだ不十分であり、十年近く大学に残った後に、専門医で開業し、さらに十年、千症例くらい経験して初めて専門医と名乗れる。年間20例くらい矯正治療をする一般歯科の先生であれば、このレベルになるのに50年かかることになる。私自身、こうしたことが小児歯科にいた時に十分にわかったので、転科して矯正を学ぼうと思ったが、もし一般歯科で本格的に矯正治療をしようと思うなら、一度、閉院して十年ほど歯科大学などで学ぶ必要があろうが、実際、こんなことは無理である。

 

 口腔外科、小児歯科、矯正歯科の標榜は誰でもできる。ところが下手に口腔外科を標榜すると、難抜歯や口腔ガンの疑いを持つ患者がきて、治療に責任が持てないため、大学の口腔外科に残っていた先生以外はあまり標榜しない。ところが小児歯科、矯正歯科については、こうした経歴がなくても容易に標榜する。大学病院の小児歯科、矯正歯科に残った私から見れば、小児歯科を標榜するなら、少なくともハンディキャップの子供達に治療はできなくてはいけないし、矯正歯科を標榜するならマルチブラケット装置による治療に精通していなければいけない。

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