2020年8月5日水曜日

口腔機能発達不全症



 私が初めて原稿料をもらったのは今から三十年前、1990年のことで、「子供と家庭」、「こどもの栄養」の二誌に“食物がかめない、かまない子供—食べる機能の発育不全”(27:38-43,1990, 423:2-7,1991)を書いた時で、同じ原稿で二雑誌分の原稿料をもらい嬉しかった。当時、咬まないで飲み込む、かめない子供のことが騒がれ始め、そうした実情と問題点をこの論文で述べた。その後も、しばらくは鹿児島のあちこちの養護の先生や栄養士から依頼されて、そうした話題について話した。

 最近の哺乳瓶は、より母乳哺育の機能に近い構造となっているが、以前の哺乳瓶はもっぱら吸う機能のみであり、哺乳瓶哺乳と母乳哺乳では、舌、口唇の使い方が全く違っていた。そのため、1990年頃に私がいた鹿児島大学やそれと関係する東京大学の先生方と開発したのが、今でもあるビーンスタークで、母乳を飲むときの口腔の機能を再現できるようになっている。最初は大塚製薬で出していたが、今では雪印でも販売しており、人気は高い。それでも哺乳から離乳への発達はなかなか難しく、おちこぼれる子供は多く、硬いものがかめずに吐き出す、あるいは丸呑みする子供がいるし、チューンガムをうまくかめない子供もいる。また不正咬合と直接関係する舌の機能異常も多い。具体的に言えば、水やつばを飲み込んだりする時に舌を歯と歯の間に入れる舌突出癖という嚥下障害がある。小さな力だが、一日に何百、何千回もこうした癖があると、歯列にも影響して、前歯が開いている開咬という不正咬合となる。

 う蝕も減ってきたせいか、こうした小児の口腔機能不全の診断、治療に対して2、3年前に保険点数がついた。とてもいいことであるし、早期に改善することは大きな意味を持つ。まず、かむ能力(咀嚼能力)、飲み込む能力(嚥下能力)に問題がないか、種々の計測装置を使って調べ、それに対する改善法を指導する。子供への指導であるので、気長で、根気強い指導が求められる。口で大まかに指導するくらいなら簡単であるが、医院全体でシステマティックに扱うとなると、かなり大変で、特にこうした機能訓練だけでは、形態の変化、具体的に言えば、前歯が開いている開咬状態がよくなることは少ない。矯正歯科の分野でも2030年前に舌機能訓練を診療の中に取り入れるところが多かった。私のところでも、機能訓練の講習会に出たり、習った方法を色々と試したが、結局は、今はチューンガムを使った嚥下指導を時たまするくらいで、かっての熱気はなくなっている。全国の多くの矯正歯科医に聞いても同じよう状況である。そうした訳で、最近、こうした機能評価、訓練が保険で請求できるようになっても、矯正歯科医はあまり乗ってこないのは、過去の失敗から来ている。おそらく保険に導入されることなり、初めて機能評価や訓練をする先生も多いかもしれないが、ずっと根気よく続けるのは患者だけでなく、歯科医側もしんどい。

 一方、口腔機能発達不全小児ついては、その評価、診断と訓練、指導を主眼においており、必ずしも不正咬合の改善をうたっておらず、ある意味、切り離している。つまり咀嚼、嚥下機能などを訓練し、それが治癒あるいは改善がなければ中止でおしまいである。噛み合わせとは関係はない。ただ実際は、患者、歯科医ともに不正咬合とこうした機能異常を関連づけるために、自然と訓練だけでなく、矯正治療そのものに移行するし、あるいは訓練に必要な装置として、各種の既製品の矯正装置が使われる、矯正治療が必要となるとセファロ撮影などの検査も必要となる。これらは全て保険の適用されない自費治療となるため、限りなく混合診療の状況となる。厚労省が適応する新たな保険診療は、無意味なものが多いが、口腔機能発達不全小児に対する機能評価と治療に関しても、矯正治療が保険になっていないのは片手落ちであろう。開咬の治療でも、タンクリブのような補助器具や、あるいはセクショナルーアーチとゴムで前歯のかみ合わせを治してから治療するのは一般的であり、まず舌が入らないようかみ合わせを治しながら、嚥下指導を行うべきである。前歯が開いているので歯科医院に行き、保険で機能訓練を受けたが、結局、前歯は開いたままであれば、患者やその親は納得しないであろう。そもそもこうした機能的な問題による不正咬合は、種々のタイプの不正咬合の中でも最も治療が難しいもので、一般歯科での矯正治療は勧めない。それ故、最初は近くの一般歯科で保険診療による機能診断、訓練を受け、自費での矯正治療に勧められ、いろいろな治療を受けても治らないということになる。患者には期待だけさせ、治らないということもありうる。すなわち矯正専門医はこうした口腔機能訓練が保険の適用になっても自費診療をするし、一般歯科では口腔機能診断、訓練を保険でするが、矯正治療により治すことはできない。こうしたこともあり、口腔機能診断や訓練を行う場合は、形態的な改善は少ないことを最初に説明した方がよかろう。

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