2021年10月1日金曜日

you-tubeでのマウスピース矯正の動画

ABOの模型による点数つけ  小臼歯、大臼歯関係(頬側および舌側)

こうした大臼歯が離開している症例は不合格となります。上顎第二大臼歯をあまりティッピングして下顎の第二大臼歯と噛んでいない場合も。基本的には不合格です。


 あるマウスピース矯正を紹介するYou tubeで、若い患者さんが東京の歯科医院を訪れ、初回相談を受ける動画があります。デジタル印象を行い、その画面を掲示して、歯並びの問題点を挙げ、患者にマウスピース矯正をするように勧めています。若い先生ながら、実にうまい喋りで患者を誘導しますが、その内容はあまりエビデンスのないものなので、ここで取り上げます。

 

 マウスピース矯正の説明で、一番問題なのは、セファロ写真を撮っていないことで、上下の顎の関係や、歯軸の問題が全くわからないまま治療を進めることになります。ここでもそうした検査なしで、治療方針を立てて、治療を始めます。もし訴訟になれば、過去の判例で、セファロ写真なしでの矯正治療は負けます。

 

1.     正中がズレている

 まず患者の上下の正中がズレているのを問題にします。そして下顎が左に1.5mmズレ、これが大きな問題だとしています。正中のズレについては、歯のズレと顎のズレがあります。この先生はこのズレを顎のズレと断定していますが、これはPAレントゲン写真でないとわかりませんが、どうもそうしたレントゲン写真は撮っていません。顎の大きなズレであれば、外科的矯正の適用で、マウスピース矯正の適用ではありません。また正中のズレは確かに理想咬合からすれば、犬歯関係、大臼歯関係にズレが生じるため、マイナスとはなりますが、この症例のように1mm程度のズレであれば、矯正歯科医では大きな問題とはしません。もう一つの理由に、この1mmのズレを問題にするなら、全ての症例で確実に直さなければいけないのですが、これを実際に治療するとなると交差ゴムなどを使っても、うまく治せません。この症例で1mmのズレを問題にして、他の症例で患者から治療途中に1mmのズレに文句を言われたら、どう対処するのでしょうか。

 

2.     下の前歯の叢生、奥歯の舌側への倒れこみ

 まず下の歯の叢生、でこぼこを問題視しています。歯磨きが磨きにくいとのことですが、確かにそうでしょう。ただう蝕、歯肉炎と前歯のでこぼこの程度とは関係がないという研究が多くあります。また長期の咬合の安定を考えると、下の前歯の叢生は、下あごの成長(20歳以降)により正常咬合者でも加齢に伴い出てきます。この下の前歯のでこぼこを問題にするなら、大変なことになります。というのは長期のことを考えると、必ず後戻り、またでこぼこになると説明しなくてはいけません。つまり下の前歯のでこぼこを問題視、その治療を強く進めるなら、同時に長期的には再び後戻りが起こることも説明しなくてはいけません。先生によっては、そうならないために一生、保定装置を使えと言いますが、20歳で矯正治療を始めて80歳で死ぬまで、本当に管理するつもりなのでしょうか。言うだけです。

 下の奥歯が中に倒れているのも問題にしていますが、これは咬合理論ではモリソンカーブと言いますが、これはあくまで総義歯の人工歯配列の概念であり、矯正治療の教科書的にはこれの改善は求めていません。もともと生体内で一番安定した咬合は現状のかみ合わせであり、下の奥歯が中に倒れていたとしても上下の奥歯がしっかりかんでいれば、問題ありませんし、逆に大臼歯を拡大して起こす場合は、咬合が安定しないことがあります。

 

3.     見た目よりかみ合わせが大事

 おっしゃるようにきちんとしたかみ合わせを作るのは大変重要ですが、実際、理想的なかみ合わせにするのは非常に難しく、特に舌側面から見て、大臼歯、小臼歯の舌側咬頭をきちんとシーテングするのはテクニックが必要となります。歯の外側につけてブラケットとワイヤーの一般的な治療法でも難しく、舌側矯正ではさらに難しく、個人的にはマウスピース矯正ではもっと難しいと思います。これはマウスピース矯正の欠点でもありますが、上下のゴム(垂直ゴム)とトルクの付与とも関係します。こうした細かい不正部分を指摘するなら、ほぼ完璧な理想咬合を達成しなくてはいけません。専門医試験でも理想咬合になる場合は、1000症例でも1例もありません。マウスピース矯正を終了する時の模型を持ってきてもらえば、いくらでも問題点を指摘できます。最初のこうした細い問題点を挙げてしまうと、それを完全に直さないと患者さんに嘘をついたことになりますが、こうしたことをわかっていて説明しているのでしょうか。

 

4、顎間ゴム

 顎間ゴムの説明で、あごのズレを改善するものとして説明していますが、II級ゴムあるいはIII級ゴムの作用機序に関する多くの研究では、長期の使用でも下顎の成長促進、抑制などあごのズレを矯正することは否定されています。もちろん歯軸の改善、咬合平面の傾斜を変えることはできますが、II級ゴムの場合は下顎の後方回転を起こし、さらに顎を下げる結果になることもあります。またあごのズレがゴムのよって変わるとすると、それは二態咬合と呼ばれる、かみ合わせを狂わせる方法で、もっともしてはいけないことになります。

 

5、値段が安い

 ここではマウスピース矯正の治療費が748000円で安いとしていますが、インビザラインの技工料が25万円なので、ほぼ50万円の利益を得ています。ワイヤー矯正に移行して、その費用も含んでいるなら問題ありませんが、You-tubeで自慢するほど安くはないと思います。通常のワイヤー矯正であれば、1年では十分に治せますし、簡単な症例なので、私のところでは30万円くらいで治療しますが、むしろ後戻りも考えると、矯正治療を勧めないケースです。

 

 結論からすると、この東京の歯科医は、患者を勧誘するために必死で、そのデメリットを十分に考慮していません。こうした軽度の不正咬合こそ、矯正治療のデミリット、例えば、後戻りなどをしっかり説明し、それでもなお治療を希望する場合のみ治療を検討します。このケースのように下の前歯のでこぼこは直すのは簡単ですが、すぐに後戻りを起こし、起こさないようにするためには下の歯の内側に固定式に保定装置を入れる必要があります。その場合、歯石が付きやすく、歯肉炎になりやすく、長期の歯科医院での管理が必要です。十年以上の長期の固定装置の装着により歯肉退縮を起こすことがあり、また50年以上、長期に固定式装置をつけた症例報告はないと説明します。そして固定式保定装置を外すと多くの症例で後戻りを起こすことも説明します。ここまで説明して実際に治療する人は少ないと思います。

 

 教科書的な理想咬合との違いを問題として指摘するのは簡単ですが、それを治療により100%達成できなくては、決して口にすべきではありません。最初にも言いましたが、日本でもトップの矯正歯科医でも、矯正歯科専門医の試験では100点満点を取れない現実を考えると、ほとんど矯正知識、経験のない一般歯科医が、90点だから矯正治療を受けろと患者に勧めることは、傲慢あるいは自信過剰以外にはありえないと思います。大学の恩師は、常々、矯正治療をこちらから勧めるものではなく、患者さんが治療を希望した場合に、よくデミリットについても説明し、その後、よく検討してもらってから治療すべきだと言っていました。矯正治療の場合、手術を併用した外科矯正以外、咀嚼などの機能的な改善は少なく、矯正治療をしないという選択も大事です。歯並びについては、鏡で見れば、自分で問題があるか、わかるはずであり、気になるようなら歯科医院で相談にいけばいいのですが、決して歯科医師から治療を強く勧めるようなものではありません。

 


 

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