2024年5月16日木曜日

津軽地域の唇顎口蓋裂患者



7月に弘前市歯科医師会で講演を頼まれた。2年後に閉院ということでの依頼だったので、これまでの30年の矯正臨床を振り返ってみようと、先日から過去の症例を調べている。主として唇顎口蓋裂患者と外科的矯正患者に絞って調べている。

 

1995年に開業して29年、弘前大学医学部附属病院形成外科とタッグを組んで、唇顎口蓋裂患者の矯正治療を行なってきた。総数で174名であった。だいたい形成外科からは3,4歳ころに紹介され、最初は虫歯予防、口腔衛生指導を主体とした治療を行い、上の前歯が出てくること、小学1、2年生頃から一期治療を開始し、その後、骨移植などを行いながら、中学2、3年生頃からマルチブラケット装置による二期治療を開始、終了後、2年間の保定で卒業とする。ここまで約15年、174名の患者のうち、ここまでいく患者は半分もいない。残りの半分は一期治療でこなくなる場合が多い。費用は、市町村の補助や自立支援援助でカバーできるので、負担はないが、それでも長期にわたって通院するのは難しいのだろう。北秋田やむつなど遠方から来る場合は、さらに厳しい。また経済的理由で、費用はかからないと言っても子供の矯正治療どころでない場合も多い。おそらく他の医院で矯正治療はしていないと思うので、不正咬合のままであろう。18歳以上になっても保険は適用できるので、是非とも受診されたら良い。

 

開業したての95年度は18名の患者数がいた。これは形成外科がこれまで持っていた患者を開業と同時に紹介した結果ではあるが、その後、10年くらいは10名程度の患者がきた。ところがここ10年ほどは5名以下となっている。当初は、近くに矯正歯科医院が3軒できたからかと思ったが、実際に他院で口蓋裂の患者はほとんど見ていない。もっぱら弘前大学形成外科―>当院という流れのようである。最近では、年間の紹介患者数も3名程度になっている。

 

一つの要因として、手術医療機関の多様化が挙げられる。インターネットなどで口唇裂の手術件数やランキングなどが紹介されており、地元の大学病院でなく、わざわざこうした病院で手術するケースも見受けられるようになった。そのため矯正治療が始まる頃になると、東京の歯科大学などから紹介される症例もたまにあるようになった。こうした歯科大学では、矯正歯科もあるので不正咬合の治療は矯正歯科でと言うことになろうが、実際に1ヶ月おきに治療に行くのは難しく、そのままになっている場合も多いだろう。それ以上の問題としては、出生数の低下が挙げられる。弘前市、五所川原市、藤崎町、平川市、板柳町、黒石市、つがる市を合わせても昨年度の出生数は約1500人、最近の調査では、唇顎口蓋裂児の出生率は1万人に17人、約600人に一人で、この計算からすれば、弘前市周辺の推定の唇顎口蓋裂児の出生数は2ないし3人となる。おそらく青森市の出生数1300人を加えても、八戸などの南部を除く津軽エリアの毎年の唇顎口蓋裂患者数は5、6名程度となろう。青森県全体でも、10名程度である。当院では、唇顎口蓋裂患者以外にも、トリチャ・コリン症候群、第一第二鰓弓症候群、クローズン症候群などの先天性疾患の患者も25名ほどいるが、さらに頻度は小さくなる。

 

出生数の低下により、こうした疾患数は低下するのは、当たり前のことであるが、一方、形成外科、矯正歯科ともに、ある程度の臨床レベルを獲得するためには、症例数を必要とする。ところがこのように症例数が少なくなると、形成外科では手術、矯正歯科では矯正治療をする経験が少なくなることを意味し、それは臨床レベルの低下を意味する。そうであるなら、臨床を集約化して、そこで治療を受ける方法もある。例えば、第一第二鰓弓症候群では小耳の子供が多く、その再建手術が必要となるが、これは高度な手技が必要となる。そのため、東日本ではほとんど札幌医科大学形成外科の四柳先生が手術をしている。年間で120-130症例の手術を行なっている。そもそも第一第二鰓弓症候群の頻度は5千人に一人と言われ、2023年の日本の出生数75.8万人で計算すると150人と言うことになる。もちろん再手術なども含めてケース数であるが、それでも、ほぼここで集約して手術が行われている。おそらく年間1、2例のところに比べると結果も雲泥の差があると思う。この考えで言えば、唇顎口蓋裂患者の手術については、東北のどこかに拠点を決めてそこで、集中的に手術をした方が、ドクターの教育あるいは患者にとっても良い結果が得られるかもしれない。ただ、矯正治療については、マルチブラケット装置になると少なくとも2年間月に1度通うとなると負担が相当に大きい。例えば、仙台に拠点を置くとすると、青森県から毎月、通院するのはかなり厳しい。

 

現実的には、患者数が減っても地元の矯正歯科医で見てもらうことになりそうだが、これだけデジタル化が進んでいる時代、こうした少数症例については、東北大学などにデーター集約の拠点を設け、診断、治療法などのAIを使ってある程度サポートするシステムを作っても良いかもしれない。


 

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