2012年4月5日木曜日
大躍進秘録
「毛沢東 大躍進秘録」(楊継縄著 文藝春秋)をようやく読み終えた。と言っても全二段組みで591ページ、半分以上は流し読みで、一週間かかった。以前、「飢餓 秘密にされた毛沢東中国の飢餓」上下(ジェスパー・ベッカー著 中公文庫)を読んで、大躍進時代の飢餓の実態に衝撃を受けたため、思わず上記の本を紀伊国屋で買ってしまった。
内容な衝撃的である。一個人による失策、命令により3600万人の餓死者を出した状況は、中国2000年の歴史上でも世界史上でも例がない。自然災害による餓死は我が国でも数多くあり、東北地方でも天明の大飢饉では弘前藩だけで10万人近くの人が亡くなったが、これはあくまで異常気象によるもので、人災の要素は少ない。一方、中国の大躍進による飢餓に関しては、天候は平年並みであったようで、100%人災によるものである。人類の歴史史上これだけの餓死者が人災で亡くなった例はない。
同書は新華社の元記者によって書かれたもので、内部情報からその実態について詳細に語られており、おそらくその事件の大きさ故、今後100年以上に渡り歴史的な資料となろう。こういった大きな事件があったとしても記録者がいなければ、歴史の謎として埋没され、表には出てこない。さすがにこれだけ規模が大きいといずれ歴史的な検証が入ると思うが、すでに50年前の事件であり、同時代の当事者によるこの本の意義は大きく、著者がある意味命をかけて書いた本である。当然、同書は中国では発禁、持ち込みも不可能である。
中国共産党の本質的な問題点、毛沢東の権力への執着、個人崇拝など色々な切り口からこの大飢餓の原因を語るのは容易であるが、さらに歴史的、哲学的な視点に立つと、人間の本質まで考えさせられる。
この事件について簡単に説明すると、政権をとった中国共産党、毛沢東はまず人民がすべからず腹一杯食べ、国力を先進国並みに上げようとした。同時に人口が増えた都市の食をまかなうために、中国全土の食料生産を国が完全に管理する必要性が生じ、人民公社化を進めていった。言わば個人の農業を否定し、すべて国家が管理し、衣食住、さらに学校、医療も人民公社ですべてまかなうという共産主義から言えばユートピアの建設である。日本でも当時、朝日新聞が中心となり、盛んに絶賛した。エドガー・スノーはじめ、日本でも京大の竹内好教授、井上清教授などがこの大躍進、その後の文化大革命を支持し、私も含めて当時の若者に大きな影響を与えた。医療も、学校も食事も無料で、これはユートピアではないかと。当時は誰もこんなひどい飢餓があったとは知らなかったし、私自身も一時毛沢東思想にかぶれた時期もあった。
ところがこの人民公社化、それに続く大躍進は、どうなったかというと、各省、役人が自分の評価を上げようと、偽りの報告を出すようになった。1ムール当たり1007キロの小麦がとれたと報告されると、他の地方では2200キロとれた、しまいには4292キロとれたとなった。それにより政府が買い上げる食料量が決定され、実際の食生産量は1億4000万トンに過ぎないのに、4億2500万トンまで誇張され、農家が生産された食料はすべて、さらに貯蔵していたものもすべて取り上げられ、それに従わないものは拷問にかけられた。そして農民が餓死していった。
現在でも中国の田舎に行くと、おはよう、こんにちはの挨拶の代わりに「今日もたくさんごはんをたべましたか」と聞くという。大躍進時代の苦い思い出が定着しているのであろう。現代中国ではこんなことはまずないが、それでも13億の人民すべてが腹一杯食べさせるのは本当に難しい。最後に著者は、こういった悲劇が今後起こらないようにするためには、民主制の導入を求めているが、一方、急激な民主化もかえって新たな専制制度を生み出すと警告している。冷静な分析だと思う。こういった冷静な記者と一度亡くなった佐藤慎一郎先生と会談したらおもしろかっただろう。佐藤慎一郎先生の最終講義は、ラクーンのブログというところで紹介されているので、参考にしてほしい。大躍進のような歴史の風雨に流される中国人民の姿を伝えてくれる。
http://racoon183.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/19766-3d82.html
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