地元のミニコミ紙に2か月に一回広告を出し、250字程度のコラムをここ10年ほど書いている。さすがにネタもつき、来月号には以下のような文章を載せる。
ムシ歯は減っている
最近、学校歯科検診に行くと、30年前に比べると随分ムシ歯が減ったような印象を持つ。調べると12歳児(中学一年生)では1984年のムシ歯の数(治した歯も含めて)が4.75本だったのが、2010年では1.29本とほぼ1/3になっている。同様に3歳児でムシ歯のある子供の割合は1989年では66.7%であったのが、2009年では23.0%とこれもまた1/3になっている。ほぼ先進国並みの状態に急激に改善し、その減少はさらに続いている。地域差などまだ問題があるにしろ、大きな医療・予防成果と言えよう。
私が歯医者になってすでに30年になるが、感覚的には当時とあまり変らず、学校歯科検診で、だんだんムシ歯が減ったなあと感じてはいたが、これほど急速に減少しているとは全く考えていなかった。他の同年輩の先生方も同様であろう。
これはある意味、二重に驚くべきことである。あらゆる疾患でここ30年これほど激減したものはあるであろうか。子供の最もポピュラーの疾患としては近視とムシ歯と決まっていたが、近視の比率が下がったという情報はない。鼻炎、アトピー性皮膚炎などのアレルギーにいたってはかえって増加しているくらいで、ガンや脳疾患、心臓疾患などについてもこれほどの減少はない。そういった意味では、ここ30年における医療分野での、最も成功した事例のひとつと評価されてもよかろう。
ところが、歯科医師会では、この成果に対しては、案外冷静で、まだまだ地域差がある、子供によっては多い子がいるなど、各論的な評価しかしない。以前は欧米の状況に比して、日本のムシ歯の状況はひどい、まだまだで、早く改善しなくてはと声高に叫ばれていたが、あっさり目標を達成し、現況ではほぼ欧米の状況に近くなっている。さらにこのムシ歯の減少傾向は平坦化している訳ではなく、まだ直線的に減少していることから、DMFT(治療済みも含めたすべてのムシ歯の数)が1.0本以下になるのは確実であろう。ほぼムシ歯はないといった状況となる。
一方、もう一つの驚くべきことは、30歳以下の歯科疾患の90%がムシ歯であることを考えると歯科医院に行く患者数、治療すべき歯の数が30年前に比べて1/3になったことを意味する。歯科治療は、小さなムシ歯があるとそこを少し削り詰め物をする(充填)、詰め物からムシ歯になるとさらに大きな充填や金属のものを入れる(インレー)、そしてムシ歯がさらにでき、神経まで行くと神経の治療と今度は金属の被せ物となる(クラウン)、そしてこれもダメになり歯を抜くようになると差し歯、入れ歯となる(ブリッジ、部分床義歯)となり、最後的にはすべての歯がなくなり入れ歯(総義歯)となる。こういった負の連鎖によって口の中の状況は悪化していく。ところがムシ歯がなければ、こういった負の連鎖からは外れるため、歯科医院での患者数は急速に減少することを意味する。
歯周疾患(歯槽膿漏)についてはこれほど急激に減少しないため、患者数がゼロになることはないとしても、歯科医院の経営はこれでは相当厳しいし、今後ますますムシ歯を持たない患者さん世代が増加するにつれ、当然来院頻度も減ってくるであろう。今春の保険点数の改訂で、歯科の重点が老人に向けられてきたのは、こういった若者のムシ歯の減少を背景にしている。
今年の小児歯科学会の抄録集をみていると、小児の数が減っているにもかかわらず、小児歯科専門医に来る患者さんの数は増加しているという。ただほとんどの患者さんはムシ歯がなく、予防のために来ているようだ。20年前に東京の小児歯科の先生に聞くと乳歯の神経の治療(歯髄処置)は年に数件しかないといっていたが、こういった傾向がさらに加速度されているのであろう。当然、患者数が増えても、処置数が減れば、現行の保険制度ではそれほど収入は増えない。
それでは不正咬合は減っていないのだから矯正歯科はもうかっているだろうと言われるかもしれないが、全国どこの矯正歯科医に聞いても患者数は減少しているという。一般歯科に来る患者さんのムシ歯が減れば、矯正治療にも手を出す歯科医も増え、結果的に子供の矯正患者は矯正専門医に紹介しないことになるためだ。実際、東京では子供も患者はほとんどいないという矯正専門医も多い。地方の私のところでも子供の患者さんは多い時に半分くらいになっている。
通常の産業形態では、これは崩壊に近いことであり、消費者の減った呉服屋、帽子屋、下駄屋、ギャンブル産業同様、倒産、閉鎖などの数の淘汰となるはずであり、歯科大学数の整理、イギリス、ドイツのように地域、人口に対する歯科医師数の制限、海外での開業など思い切った政策をしなければ、本当の崩壊となろう。
0 件のコメント:
コメントを投稿