現在、歯科矯正治療は、口蓋裂や一部の先天性疾患を有するお子様以外は健康保険の適用外です。そのため、矯正治療を受けようと思っても、かなりの費用がかかります。
学校歯科健診では、虫歯や歯周疾患などとともに、不正咬合もチェックされ、経過観察、受診勧告がなされます。ところが学校で不正咬合と言われて、歯科医にいくと、矯正治療は自費ですと言われる訳です。虫歯治療では健康保険が適用される上に、さらに生活保護や収入の少ないと校外治療券を発行してもらえ、費用はかなりカバーされ、負担はあまりありません。一方、矯正治療は保険ができないため、こうした子ども達は矯正治療を受けられないことになります。
そのため、1980年代ころに、公明党から歯科矯正治療を健康保険の適用にしようとする提言がありました。それを受けて日本矯正歯科学会でも東京医科歯科大学の三浦教授を中心の欧米各国の矯正治療の費用を調べ、試算をしました。重度の不正咬合症例に限って保険を適用してもそれほど費用はかからないという結論でした。その後、医療費の削減が政府の方針となるにつれ、こうした話も立ち消えになっていきました。一方、日本臨床矯正歯科医会という矯正専門医が集まった会では、一時、矯正治療の保険導入についての議論がありました。誰がやるのか、一般歯科医も容易に治療するようになると、治療レベルが下がるといった意見もありました。そうかと言って、矯正専門医での矯正治療のみが保険適用になるということは、公平性からすれば無理な話です。
日本では健康保険では治療費の3割が窓口負担金となります。例えば、虫歯の治療をして、詰め物をする場合、種々の処置、検査費用を合わせると1000点になるとしましょう。1点は10円ですので、治療費としては10000円かかることになりますが、窓口の本人負担は3000円となります。残りの7000円が国、市町村、会社の負担となります。ヨーロッパでも昔は、北欧、イギリスでは医療費はタダあるいは極めて低い負担でしたが、近年は、処置によって負担率が変わるようになりました。確かイギリス、ドイツ、フランス、北欧なども、矯正治療は保険適用となっていましたが、負担は半分くらいだったと思います。これはアメリカの民間保険も同じで、ある程度の額までは保険会社がカバーしますが、それを越える金額が自費となります。ただ、ここらが日本と違う点で、イギリスの矯正歯科医では、保険患者は安い器材を使い、予約も午前中ですが、自費患者には審美性の高い器材を使い、予約も学校が終了してからの時間にとれるといった差別をしているようです。
不正咬合の人口比率は、少なくとも50%はいますので、6歳から18歳までの日本の小中高校生人口を1500万人とすると、矯正治療の対象者は750万人となります。現行の保険適用されている口蓋裂患児の例で言えば、一人当たりの矯正治療の総費用は60万円くらいかかることから、総額で4.5兆円となります。莫大な費用と思われますが、これを年間予算にすると1/12、つまり4000億円くらいでしょう。歯科の医療費は平成26年度で2兆8000億円ですので、その1/7を矯正治療費に回すのは無理な話でしょうが、一方、総医療費は約40兆円、その多くは老人に対する費用と考えると、子どもを持つ世代からすれば、4000億円は健康保険料の公平性からみれば莫大とはいえない数値です。
さらに学校歯科健診では、不正咬合の指摘は経過観察と受診勧告の2種類になりますが、これは不正咬合の重症度とほぼ一致しますので、実際に受診勧告となるのは不正咬合を持つ子どもの1/4くらいになると思われます。そうすると学校健診で不正咬合の受診勧告を受けた重度の患児すべてを健康保険でまかなうとしても1000億円くらいとなり、予算的には現実的な値となります。ただ保険適用となると一気に適用症例が増えることが予想されるため、“保険適用不正咬合”といった診断ガイドラインや、二名以上の歯科医による診断書が必要といった縛りはいるでしょう。ドイツでは、治療に入る前に第三者機関で審査を受けるようですが、日本では異例ですが、支払い基金などに口腔写真を送って、審査を受ける方法をとってもよいでしょう。これだけで縛りになります。
学童の虫歯は、30年前に比べて1/5になっており、その浮いた金を矯正治療費に回すというのは、大勢の方の支持を受けるのではないでしょうか。
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