2016年6月1日水曜日

「巨大アートビジネスの裏側 」石坂泰章著

サザビースのオークション

ニューヨーク近代美術館のパーティー


 昔から絵が好きで、日本の美術市場についてもある程度知っていたつもりであったが、「巨大アートビジネスの裏側 誰がムンクの「叫び」を96億円で落札したのか」(石坂泰章著、文藝春秋、2016)を読んで、現在の世界の美術シーンを知り、驚いた。ほとんど知らないことばかりである。

 日本ではバブルの頃、ゴッホの「医師ガシュの肖像」を120億円、「ひまわり」を50億円以上で購入し、世間を驚かしたが、その後、バブルが崩壊するに従い、土地同様に二束三文になったとばかり思っていた。ところが今やアートは世界の大金持ちの投資先となっており、上記のゴッホの作品も、オークションに今でれば、当時の2、3倍以上になる。表題にあるムンクにしても20年前はいくら代表作とはいえ96億円の値がつく画家ではなかった。さらにアートビジネスは現代絵画にも食指が伸び、日本を代表する画家、草間彌生も2014年のオークションでは82000万円の値がついた。1990年代の価格が1000万円代であったことを考えると、驚くべき上昇率である。松本市美術館では多くの草間作品を保有しているが、その資産価値は計り知れない。さらに東京都現代美術館が1994年にロイ・リキテンシュタインの「ヘアリボンの少女」を6億円で購入した際には、「漫画のような絵に6億円?」と批判されたが、今では40-50億円はするとされている。

 欧米の資産家では、資産管理に当たり、不動産、株とともに資産の5-20%をアートなどの「情熱的な投資」に振り向けるように推奨され、クリスティーズやサザビースのようなオークションでは、資産の1%を落札に振り向けるようで、1兆円を越える資産家が100億円を越える作品を落札していく。アートは、中国の資産家や世界中の金持ちにすれば、株、不動産以上にいい投資先となっている。

 本書では欧米のアートビジネスの活発な状況を描いているが、一方、日本ではバブル以降、日本絵画の価格の下落と有名画家の失墜があるため、いまだに投資先としてのリスクが高い。梅原龍三郎、横山大観、東山魁夷などの有名作家などの絵画もかなり安い値段となっている。いずれも日本で人気があり、海外ではあまり知られていない作家であり、オリジナリティーを尊ぶ海外コレクターの関心をひかない作家のため、絵の値段が上がらない。江戸時代から戦前にかけての日本画(掛軸)はさらにひどい状態で、ほとんど値がつかず、我々アマチュアの絵画コレクターからすれば、いい状況であるが、画廊はきついであろう。

 本書ではアメリカの美術館長、理事の地位と給料についても触れられているが、驚くほど高額な給与が支払われ、大きな美術館の理事になるためには莫大な寄付を要求され、セレブの人々の中では名誉となる。美術館自体がアートビジネスの最前線となり、寄付集め、値段の上がる画家の発掘など、あたかも企業化しており、その運用には高度な経営手法が要求される。ひとつの作品の売買が100億円を越えるような状況では、そのトップには企業と同じような決断と判断が必要となる。

 弘前市でも煉瓦倉庫を利用した現代美術館構想が具体化して、土地取得が終了して、建物の計画に入っている。ただひとつ危惧されるのは、その目玉となる弘前市出身の奈良美智さんの作品の扱いである。弘前市では奈良さんを弘前市アートアドバイサーとして就任してもらったが、本年2月に退任している。その理由に「創作活動に専心したい」ということだが、過去の弘前市の図書館、博物館の対応を見ると、何か失礼なことをしたのではないかと危惧される。奈良さんは世界でも評価の高い画家であり、その作品は数千万円〜数億円(2015.11クリスティーズ、3413000ドル)の評価を受けている。当然、弘前市にはオークション価格で奈良さんの作品を購入する予算はない。地元作家で、寄贈してもらおうという甘い考えを持っているのかもしれないが、こうした著名画家にはそれを売り出すマネージャのような存在、画廊がいて、シビアな判断をする。「売れば何億になるものを、なぜ地元だからといって寄贈しなくてはいけないのか」。誰しも当然、そう考えるだろう。画家は絵を売って生活しており、それを寄贈してもらうには、本当に丁寧な対応が当然求められるが、どうもこのあたりが不十分ではないかと考える。市役所職員など、最も不得意な分野であり、それこそがアメリカの美術館長の求められる特質である(失礼だが、他の青森出身の画家は全く問題はない)。

 近年のアートシーンは、世界中の金持ちが膨大な額の資金が投入される、極めて生々しい世界となっている。極論すれば、いかに安く絵画を購入して、それを高値で売りさばく資本主義的な世界となっており、その運用は熾烈な投資会社と何ら変わらず、学者、公務員など素人では全く歯が立たない世界となっている。少なくとも弘前市で美術館を建てるなら、一度著者である石坂泰章さんのような専門家のアドバイスも受けるべきであろう。対応を間違えれば、作品のカラッポな美術館になろう。個人的には、過去に開催された「A to Z」のような広い空間を表現手段として用いた奈良作品を展示をメインにすべきと思われる。移動できる小さな作品より、そこでしか見れない巨大な空間芸術が今後の美術館の柱であり、魅力ある美術館は町を活性化する。


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