2016年11月24日木曜日

床矯正治療 2







 床矯正治療については、このブログでも何度も取り上げていますが、未だに床矯正についての質問が多いようです。床矯正といっても、顎発育に対する機能的矯正装置を含めたものは含めず、ここでは歯列の拡大を主体としたものに限定します。

 私のところでも、(拡大)床矯正は軽度の叢生(でこぼこ)については、使っており、必ずしも否定する立場ではありません。ただこの治療法だけ(他の装置を使わないで)で治療できると考えるのは全く間違っており、逆にこの治療法のみで治る症例はきわめて限定されていると思います。理由として

1.      不正咬合をもっとも多く、扱っている矯正歯科医、これは日本だけでなく、世界中の矯正歯科医が(拡大)床矯正治療をメインの治療法とは考えていない。
2.      日本の矯正歯科医では、すべての症例の60-70%は抜歯して治療しており、非抜歯治療を前提として(拡大)床矯正治療では60-70%が適用でない。
3.      (拡大)床矯正治療法は1930年代のもので、ここ80年、この治療法が不正咬合の最適な治療法であるなら、世界中に普及しているはずである。実際は欧米、アジアも含めあまり使われていない。
4.      日本矯正歯科学会でも、(拡大)床矯正についての研究報告はほとんどなく、これはアメリカ、ヨーロッパの専門誌でも同様で、もはや研究の対象にもなっていない。

 (拡大)床矯正治療は、私が小児歯科にいた1980年にはすでにすたれていて、当時は齲蝕が多く、早期の乳歯喪失にともなう保隙が主体でした。そして1990年ころから咬合誘導、咬合育成の名のもとに日本歯科大学の荻原和彦先生、鈴木説矢先生が(拡大)床矯正を提唱され、あっという間に一般開業医に普及しました。一般開業医では、子供の前歯のでこぼこを気にして来院されることが多いため、とりあえず横に広げて並べようと(拡大)床矯正を使用するようになりました。先生からすれば、患児の口の型を取るだけで、床矯正装置自体は技工所で作ってももらえばよいため、技工代に上乗せした料金で矯正治療を始めました。早く治療すれば簡単に治るという考えは患者の親にとっては納得できるものでしたし、健康な歯を抜かなくても良い、通常の矯正治療に比べると安いため、飛びつきました。

 (拡大)床矯正の多くの失敗は、取り外しのできる装置のため、患児が使わなくなり、来院しなくなった場合です。数年単位で装置を使用するために、脱落も多くなります。こうした患者では装置のせいではなく、自分が使わなかったから治らなかったと考えます。一方、真面目に数年、通った場合でも、口元がでている、でこぼこが気になると言うと、それを治したければ、抜歯が必要、マルチブラケット装置必要、さらに追加の費用が必要ということになります。

 世界中の矯正歯科医のメインの治療手段は、マルチブラケット装置による治療であることは異論なく、当然、専門医試験でもこの治療法の技能が問われます。少なくとも数年の専門教育が必要ですし、これができない矯正医は世界中に一人もいません。話は元に戻りますが、(拡大)床矯正治療をする先生は、マルチブラケット治療の経験が少ない先生が多いようです。幸いにも(拡大)床矯正治療だけでうまく行った場合は、治療費も安く、ラッキーですが、そうでなく矯正歯科医に転医した場合は費用の軽減は一切なく、(拡大)床矯正にかかった費用はむだになります。床矯正をしている先生に聞くと、矯正歯科とは目標が違い、完璧なかみ合わせを目指すのではなく、今よりある程度よくなればよいと言います。矯正治療を受ける子供たちの親御さんの中には、抜歯するのはいやだ、費用をかけたくない、マルチブラケット装置を入れたくないという方もいます。そうした方には、(拡大)床矯正治療は一つの方法かもしれません。


 医療は、人体を扱う限り、必ずしもすべて成功するとは限りませんし、すべての処置にはメリットとデメリットが存在します。床矯正治療では、メリット面のみが取り上げられますが、十分にデメリットを加味して検討してもらいたいところです。一方、床矯正をされる先生方も、治療結果に細かい患者には十分にデメリットを説明しておかないと、あとあと大きな問題になる可能性もあるため、十分に注意してほしいところです。

0 件のコメント: