2016年11月2日水曜日

ブリュットアート 弘前美術館




 私自身、絵が好きで多くの美術館を訪れているが、日本の美術館は名の知れた画家の作品を展示するところが多く、新たな才能を見いだす所となっていない。弘前市では、市内吉野町の煉瓦倉庫が現代美術館となることが決定し、その具体的なプラン作りが現在、行われている。おそらくは奈良美智ら、弘前出身の画家の作品が展示の中心となっていくと思われ、それはそれでいいのだが、同じようなコンセプトの美術館は青森県内だけでも、十和田市現代美術館、青森県立美術館などがあり、八戸市に作られる新美術館も同じようなものになるのは間違いない。全国的にも多く、あまり面白みがない。県外からの多くの観光客を誘致するために、有名な作品を収蔵したいと考えるのはわかる。ただ美術館自体の建設費は、国、県からの補助があるにしても、作品収蔵にかける費用は市が持つため、かなり制限されることは間違いない。

 現代絵画は、いまや世界中の資産家の投資先として注目されており、作品によっては数十億円になる絵も出てきており、前述した奈良の作品も億単位の価格が付いている。その作品は確かに目玉にはなるにしても、数多くの作品を揃えるのは難しい。

 そこで提案であるが、障がい者の絵、あるいは範囲を広げた正式な絵の教育を受けていない人の絵、ブリュットアート、アウトサイダーアートをも扱った美術館はどうであろうか。知的障害、精神障害を持つ人の中には、極めて高い芸術的な感覚を持つ人が多く、こうした人々に指導している画家が言うには絵の才能を持つひとは通常1万人に一人くらいしかいないが、知的障害、精神障害を持つ人では数十に一人の高い確率を持つ。日本で宮城まり子の作った唯一の美術館であるねむの木こども美術館があるが、その作品には驚く。色彩感覚、構図、緻密性など、現代アートしての価値は十分にある。ただ、こうした作者、作品を単に障がい者のアートという位置づけされており、通常のアートしての評価が今なお十分になされているとは言いがたい。

 同じような現代美術館が全国で乱立している状況で、ブリュットアートを中心とした公立美術館の存在は、作品の評価を高める動機にもなるし、多くの無名の画家の励みにもある。何より経済的なことを言うと、現代絵画としてはあまり画廊が扱っていないせいか、高騰しておらず、さらに作品が美術館に売れることにより障がい者の生活面でのサポートとなる。

 今年の文化勲章を受けた画家の草間彌生さんも不安神経症と強迫神経症となり、40年以上、精神科病院にいた。草間さんは正式な美術教育を受けたひとではあるが、彼女の作品は広い意味ではブリュットアートと呼べるかもしれないし、お笑い出身のジミー大西さんも逆に美術教育を受けていない画家としては同様であろう。こうした比較的有名な画家以外にも多くの日本人のブリュットアーティストがいるが、それらの作品をまとまった見る機会はない。当たり前であるが、障がい者としてのレッテルはすべて抜きにして作品そのものを評価する必要性があり、美術館キュレーターの眼力が試されることになる。さらに言うなら、美術館の創立目的がブリュットアートの評価、収集であるなら、最初からその道の専門家をキュレーターとして雇うべきである。

 弘前市にできる美術館は、郷土のアーティストの作品を主体とするのは、大いに賛成であるが、加えてこうしたブリュットアートに関心のある美術館として創立され、青森県の障がい者教育、あるいは全国的なコンクールを開催することで、全国的にも存在感のある美術館になるのではと考えている。障がい者は一部の能力が健常者に劣っているものの、芸術的な能力は逆に健常者より勝っていることもあり、経済的にも自立した存在になるためには、こうした能力を引き出す、あるいは商品価値となる試みも必要である。この試みの第一歩として弘前市の美術館がなるなら、文化都市としての役割を十分に全国に発信できることになろう。津軽人の悪い癖に流行っているものをすぐに真似ることがあるが、今回の美術館に関して言えば、どうか勇気を持って、どうせ作るなら日本、世界にないものを作ろうと思うチャレンジ精神を期待する。

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