2017年2月23日木曜日

汝、ふたつの故国に殉ず ―台湾で「英雄」となったある日本人の物語―


 著者の門田隆将さんとは一度、弘前での講演の折に少しだけお話したことがある。小柄な風貌とは裏腹に、強い意志と明晰な頭脳を持った作家という印象だった。弘前とその風土を愛する人で、好きで何度か弘前にも足を運んでいる。

 戦後70年経っても、未だに南京事件や慰安婦問題で隣国の韓国、中国とは諍い合っているが、こうしたこととは関係なく、門田さんは、真の、誠の日本人とは何だろうと問い、それをモチーフに多くの優れたノンフィクション作品を出しているが、本書「汝、ふたつの故国に殉ず 台湾で「英雄」となったある日本人の物語」は、とりわけ感動が深く、作者にとって代表的な作品となろう。

 台湾人の年配の知人と話していると、表面的には外省人か本省人かの区別はあまりしないが、それでもの両者の支持政党が国民党と民進党に分かれるため、見えない壁のようなものがある。こうしたことから、初対面の人と話す場合、その会話の中から無意識にどちらに所属するかを探り合うような間合いがあり、例え相手が日本人であろうと反射的に警戒心が現れることを感じる。そこには国民党による虐殺事件、二二八事件がいまだに尾を引いている。

 台湾人にとっては、親への敬慕、尊敬心は強く、以前、知人の台湾の歯科医を訪ねた時、院長室には父親の写真を飾っていた。おそらく日本人の歯科医師で父親の写真を飾ることはまずなかろう。この台湾人歯科医師は、二二八事件で父親が被害に遭っており、こうした災難はそのまま子供に引き継がれている。同じく弘前で知り合った台湾の方も父親は直接的には二二八事件に巻き込まれていないが、友人の多くが被害にあっており、外省人、国民党への怒りが強い。

 本書の主人公、湯徳章は父親が日本人警察官、母親は台湾人の混血児として生まれ、その持ち前の頭のよさと誠実さにより、最難関の高等文官司法科と行政科の両試験に受かる。さらに二二八事件においては、あたかも殉教者のように一身に罪を背負って処刑される。真の英雄である。台湾の年配の方、とくに日本の大学を卒業された方にお会いし、話すと、昔の日本人はこうだったかと感動することがある。礼儀正しく、きれいな日本語をしゃべり、それでいて誠実でおごらない。日本では見たこともないような、誠に見事な生き方、考えを持ち、おそらくこうした人々の中でも湯特章は最良の部類に入る人物だったと思われる。惜しい人をなくした思いが強い。生きていればどれだけ祖国の役に立ったかと思うと残念である。二二八事件は、虐殺者数の多さも問題であるが、主として高い志をもったインテリが処刑されたことは、台湾にとっても大きな損失であった。
それでも門田さんの作品により、こうした優れた人物がいたことが紹介されることは、若者を中心にした台湾社会の変化の中で、その意味は大きい。タイトルでは「ふたつの祖国」とあるが、湯にとっての祖国はあくまで台湾であり、台湾人として立派に生きたと思う。現在の若者達にとっては、もはや外省人のように故郷中国に対する思い入れもないし、本省人のような二二八事件への怒りもなく、漠然した社会状況の中、台湾人のアイデンテティーは何か問う。その具体的な人物像として湯の生き方、態度はその行動模範となろう。是非とも台湾で映画化されてほしい作品である。多くの方に読んでいただきたい作品である。

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