2019年9月3日火曜日

小児反対咬合を健康保険化へ 提案



 上下の前歯が逆である反対咬合は、不正咬合の中では、一番、機能的な問題を有する。まず自分でアゴを前に出してみてほしい。前歯が徐々に逆になっていくが、その状態でうどんを食べてみよう。箸でうどんを口に運ぶ際、前歯である程度小さくカットして喉に送る。これが前歯が逆だと、前歯で物がかみ切れず、直接、奥歯にうどんを持っていくしかない。非常に不便なものである。反対咬合の患者さんに聞くと、うどんや蕎麦を食べる時には、前歯で咬まないで直接、奥歯にうどんを運ぶようである。感覚的には正常咬合者に比べるとかなり食べる効率が悪い。昔、研究した咀嚼能力の研究では、正常咬合者に比べて反対咬合患者では咀嚼能力が10%程度低く、矯正治療して正常咬合者のレベルまで戻ることが示された。実際、前歯を主に使う咀嚼では、これ以上に大きな差があると思われる。成人の外科的矯正を行った反対咬合患者に聞くと、手術直後は顔貌の改善を一番満足するが、しばらくすると慣れてしまい、それ以上にものを咬む時の効率、つまりかみやくなったことを喜ぶ。

 反対咬合の発生頻度は、3-4%と言われ、学校の一クラスに一人か二人いることになる。まあまあの頻度であるが、下あご、下くちびるが出ているために、人から反抗的に思われたり、機嫌が悪く思われたりする。またクラスの友人からあごが出ていることをからかわれたりもする。こうしたこともあり、他の不正咬合に比べても矯正治療を受ける割合は高いが、保険がきかないためにそれだけ経済的な負担となる。一方、経済的に厳しい家庭では、自分の子供が反対咬合であっても高額な治療費が必要なために断念することも多い。実際、大人になって手術を受ける大人の反対咬合患者に聞くと、こうした家庭の経済的な問題で小児期に治療を受けられなかったという。

 白人に比べて短顔タイプのアジア人では反対咬合の頻度が高く、多くの症例を持つ日本の反対咬合の研究、治療法が世界でも最も進んでいると言える。小児期から始める反対咬合患児の早期治療については、未だ議論の分かれるところであるが、20年前に行われたシンポジウムでは、永久前歯が生えるころ、年齢で言えば、7から9歳頃からの早期治療、一期治療の必要性はコンセンサスが得られており、その時点で前歯部の咬合の改善などの治療介入が有効と考えられている。そして、成長の終了した時期、高校生頃に外科的矯正も含めた最終的な治療を行うことが勧められた。

 成人の反対咬合では、外科的矯正となる割合は高く、私のところでの結果では、10人の患者のうち9人くらいが対象となる。歯の移動だけで治すケースは少ない。逆に反対咬合にため小児から矯正治療を受けている患者で、外科的矯正になる確率は50人に一人くらいで割合は低い。つまり早期に治療することで外科的矯正を避けられる可能性がある。
 現在、骨格性反対咬合などに対する外科的矯正治療は健康保険の適用となっている。咀嚼能力、発音など障害を持つためであるが、早期の治療により、こうした治療が回避できるなら、小児期の反対咬合の矯正治療も健康保険の適用とすべきである。それにより経済的に厳しい家庭においても子供の反対咬合の治療が可能となる。

 また矯正歯科医にとっても、反対咬合が健康保険に適用されることで助かる。私は現在、63歳で、70歳くらいで引退したいなあと思っているが、そうなると67歳の反対咬合の患者さんは断っている。なぜなら反対咬合の治療には少なくとも成長終了まで見ていく必要があり、後10年以上は見なくてはいけないからである。そうしたことはできそうもないので、断っている。もし保険適用であれば、他の矯正歯科医に転医するのは費用的な点では容易となる。こうした長期の治療が必要なケースであればあるほど歯科医にとっても保険適用はプラスとなる。またすでに30年以上前から口蓋裂患児に対しては、矯正治療の保険適用されており、一般の小児反対咬合患者に対しても保険点数も含めて、システムをそのまま適用できる。

 あとは国の予算だけであるが、小児の反対咬合の治療で、外科的矯正の頻度が減るなら、結果的には小児の治療費は増えても、成人の治療費が減ることになり、大きな出費とはならない。小児の不正咬合、とりわけ反対咬合は先天性のものであり、機能的な問題(咀嚼、発音)があり、その治療にあたって矯正治療以外の代替わり治療はないことから、是非とも保険適用にしてほしい疾患である。

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