20年以上付き合いのある、D歯科器材会社から1通のダイレクトメールが来た。九月をもって、工場を閉鎖して、扱っている矯正製品すべての販売を中止するという。もちろん寝耳に水の話で、担当の人に連絡すると、ここに勤務する従業員もこの通知が来るまで知らなかったという。
この会社はもともと1930年ころに歯科材料を扱うS会社として創立し、1960年ころから一部矯正機材を販売するようになり、次第にブラケットやワイヤーなども自社で開発し、日本ではある程度のシェアーを持つようになった。2000年になると、会社の発展のために、アメリカ資本が入り、世界的歯科機材会社Dの傘下に入るようになった。このアメリカのD社は小さな歯科機材会社を次々と買収して傘下にいれ、矯正分野でもアメリカの中堅会社がすでに傘下にある。S 社は基本的には自社製品を中心に販売し、審美レジンブラケットのシェアーではおそらく日本の半分くらいはあると思われる。矯正機材は比較的ロットは少ないが、付加価値は高く、この会社の営業利益も多くはないが、順調に伸びていた。
そこに今回の販売中止のアナウンスである。S社に何らかの業績不振であれば、社員もわかるが、コロナ騒ぎがあり一時売り上げは落ちたとはいえ、赤字になったことはない。おそらくアメリカ進出を狙ったが、アメリカでの宣伝活動も足りず、あまり売れなかったのが、矯正事業の撤退となったのであろう。さらにD社がデジタル化ということでインビザラインのようなマウスピース矯正に参入するために既存の矯正歯科材料を扱わない方針にしたかもしれない。ダイレクトメール中ではTraditional Orthodontic事業、つまり伝統的な矯正歯科事業からの撤退と表現されている。
インビザライン社の持つ特許がきれたため、それこそ雨後の筍のようにマウスピースタイプの矯正治療を扱う会社が出ている。インビザイラン社がこうした治療法を出したのが20年前だが、IT技術や3Dプリンターの進歩でどこでもできるようになったが、歯をマウスピースのよる弱い力で少しずつ動かす治療法そのものは変化なく、適用は広がったとはいえ、すべての不正咬合がこれで治るわけではない。さらにより安価なスマイルクラブという歯科医を介さない同様なシステムをもつチェン店が全米で展開されていて、この分野への参入は厳しい。さらに言うなら、今回のいきなりの撤退は多くの矯正歯科医を裏切ことになり、こうした会社の新たな製品はいやがるだろう。
つい最近も、ある会社の治療薬、1キットが2億円以上というニュースがあった。今や薬でも100万円以上するのはそう珍しいものではなかったが、患者のことを考えればこうした高い値段をつけることは薬会社も躊躇われたものだが、今はそうした躊躇いするなくなった。今回の矯正機材部門の撤退ということについても、会社側は自分の会社の損得のみ考え、それを使って治療を受けている患者のことは全く念頭にない。日本ではこうした事案に対して、会社内でも相当に議論され、実行に移されるが、アメリカではCEOの決定ですべて決まる傾向があり、こうしたCEOにとって会社は常に成長、売り上げが伸び続けなくてはいけない。黒字であっての現状維持ではだめなのである。
バカなCEOは会社経営で失敗すれば、辞任すればよいが、こうした人物でまともな会社が潰れるのは許せないし、ましてや医療器材メーカーは、顧客である医師、歯科医だけでなく、その背後の患者のことも考えなくてはいけない。より高い社会倫理が求められる。このD社も企業ホームページでは”歯科や、私たちが住む世界にとって正しいことをすることが、我が社のとっても正しいことです”と高らかに唱えているが、今回の突然の矯正治療分野の撤退も、この会社に社会倫理からすれば、正しいことなのだろう。少しでも良心があるなら、撤退する製品の一部、代替わりのできない商品については、パテント、生産方式について他メーカーに譲り、引き続き、生産されることを望む。STロック(東京医科歯科大学初代矯正学教授、高橋新次郎)は代品がない。
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