2020年12月2日水曜日

マウスピース矯正の問題点

 


 一般歯科で、矯正治療をする際の大きな障壁は、まずセファロレントゲンを用いた検査、分析である。セファロレントゲンとは横顔を規格した大きさで撮影したレントゲン写真で、上下の顎の関係、歯の傾きなど、これを分析して調べる。ここが、最初の大きな躓きとなる。通常の歯科矯正のコースでは、このセファロのトレースに最低2日間、大学矯正歯科での新入医局員の研修では1ヶ月くらいかかる。さらに正しい分析、そして診断をするためには少なくとも五年以上かかる。またセファロレントゲンを撮影できる機器は特殊な機器のため、通常のパントモ線写真を撮る機器より高価で、場所もとる。そうしたことから、一般歯科でセファロレントゲンを設置しているところは少ない。特にレントゲンフィルムが全盛だった30年前までは、パントモX線写真撮影機と価格差が少なかったので、青森でもセファロレントゲン撮影機器を持つ開業医は多い。ただ最近、開業する先生はCT撮影機を持っていてもセファロレントゲン撮影機器を持つところはかなり少ない。CTでも広い範囲で撮れるものは、セファロレントゲンの代わりができるが、撮影範囲の狭いCTでは矯正治療のための分析はできない。


 次の大きな障壁は、マルチブラケット装置である。歯一本ごとにブラケットと呼ばれる矯正装置をつけてワイヤーの力を利用して歯を動かす装置で、矯正治療におけるメインの装置である。種々のテクニックがあるが、少なくとも習得には3年間、抵抗なくできるようになるには10年間、フルタイムでの治療が必要である。具体的な数値で言えば、治療終了ケースが200症例以上は必要であろう。矯正専門医のレベルで言えば、1000 症例以上が必要となる。一般開業医では、小児矯正も含めて年間で矯正患者は20-30名くらいであり、そのうちマルチブラケット装置を入れて終了する症例はせいぜい数例であろう。200症例以上、あるいは1000症例以上の終了するのはかなり難しい。結局、マルチブラケット装置はできないということとなり、最近では、こうした訳で一般歯科医向けのマルチブラケット装置の講習会も少なくなった。


 セファロ機器、その分析、診断、およびマルチブラケット装置のために、長い間、矯正治療は一般歯科ではできないものとされ、特に成人患者の矯正治療をする歯科医院は非常に少なかった。ところがここ数年、デジタル機器で口の印象をとる光学スキャナーが開発され、かなり値段も安くなった。さらにこれを用いてのCADCAMシステムによるハイブリットレジン冠が保険適用となり、急速に普及してきた。特にTRIOSという機器は、従来のスキャナーに比べて高い性能を持ち、口の型をとるためにあの嫌な思いをなくすことができる。ただ実際は、ハイブリットレジン冠の適用はそれほど多くなく、他の活用として上がったのがマウスピースタイプの矯正治療である。インビザラインを始め、多くの会社ができているが、基本的にはこのデジタル光学スキャナーで口の型をとるだけで、自動的に理想の歯並びまで少しずつ(0.2mm)変化させた40くらいのマウスピースを作られ、それを患者に渡すだけである。2、3ヶ月に一度、歯科医院で適合が治療の進み方をチェックするだけで、歯科医側の負担がほとんどなく、230万円の技工料に儲けを上乗せすれば、稼げるので楽である。中には100万円以上、上乗せしている歯科医院もある。マウスピースタイプの矯正治療では、セファロレントゲンによる検査をしない場合が多く、上下の顎の関係や、歯の傾きを一切無視して、機械的に理想の噛み合わせまで計画して装置を作る。とりわけ抜歯の治療では、マウスピースタイプの矯正治療では、失敗も多く、かなり細かなテクニックが必要なため、非抜歯での治療をすることが多い。

 

 こうしたマウスピースタイプの矯正装置は、アメリカのインビザライン社で始められ、当初は矯正専門医のみが講習会に参加できたが、数年前から一般歯科医の参加も認められ、いまでは受講者の80%以上が一般歯科医で、さらに多くのより安価なマウスピースタイプの矯正装置も現れている。マウスピース矯正のみを行う一般歯科医は、歯科矯正を特段に勉強をした訳ではなく、セフォロ分析など一般的な矯正検査をしていない、さらにマルチブラケット装置による治療テクニックも知らないためマウスピースタイプの矯正治療でうまくいかない場合はお手上げとなる。非常にリスクが高い。さらに言えば、セファロ分析なしで矯正治療を始め、治療を失敗すれば、仮に訴訟された場合はかなり不利となる。特にインビザラインは薬機法対象外のものだけに、その使用にはより慎重な配慮と説明を必要とする。

 

 マウスピース矯正に関しては、急速に広まったのはここ数年で、患者によるクレームは、1。面倒で使わなくなった、2。頑張って使っているのに治らない、3。治療結果に満足できない となる。1でも患者のせいにすることはできず、本人の協力を必要としない他の治療法、マルチブラケット装置による治療を勧めるべきである。2。についても治療法の工夫や同じくマルチブラケット装置への転換を必要とすることもあろう。問題は3であり、多くは口元が思ったより入っていないというクレームが多い。個人的な感想で言えば、特にでこぼこの患者では口元の突出感を併合しているケースが多く、小臼歯を抜歯してでこぼこの解消と同時に歯を中に入れて口元を入れるケースが非常に多い。おそらく70%以上だと思われる。こうしたケースに、多少、歯を削って小さくしたとしても非抜歯では口元を入れることができず、多くのケースで、その治療結果に不満が出る。もちろんこうしたことはマルチブラケット装置でも非抜歯で治療して、同じ不満が出ることがあるが、そうした場合は抜歯して治療を継続すればよい。もちろんマウスピース矯正でも抜歯による可能であるが、大概の場合は拒否され、そのままになっているようである。

 

 さらに問題となるのは、マウスピース矯正では、歯科医は患者を直接治療しなくても良いために、多くの患者を取り扱える。知人のM先生は、優秀な矯正歯科医で、日本でも最初にインビザラインを導入した先生である。最初は自分で装置を入れて試していたが、その内、自院でも治療の開始し、さらに患者が増えると、他院での治療を監修するようになり、今ではマウスピース治療のオーガナイザーとなっている。例えば、マウスピース矯正と直接対決する、見えない矯正、舌側矯正では、テクニックが表側に装置をつける方法より複雑で、一人の治療時間も最低30分、先生によっては1時間とる先生もいる。当然、年間で見られる患者数は決まってしまい、医院を拡張するためには、多くの矯正歯科医を雇う必要がある。一方、インビザラインでは、医院でのドクターのチェックはものの5分もあればいけるので、一人のドクターで年間に1000名以上の患者を見ることが可能で、能率が良い。手っ取り早く稼げるにはいい方法であるが、2、3年後には多くのクレームを抱えることになる。


 以上、マウスピース矯正をする場合でも、少なくともセファロ分析がなされていること、治らない場合でもマルチブラケット法でカバーできる医院での治療をお勧めする。


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