2020年12月21日月曜日

歯が喪失する理由

 


 私の歯には中学生頃に親父に治してもらった金歯が4本ある。3本はインレー、1本はクラウン、すでに50年以上前のもので、何度か外れたが、その度に付け直して今に至る。おそらく私が歯科医でなければ、その度に歯科医院で歯をさらに削り、新しい補綴物を入れていただろう。50年以上、もたなかっただろう。

 

 歯の寿命、歯が喪失する理由には、歯周疾患のような加齢に伴い、骨がなくなり自然に脱落する場合と、歯科治療による医原性の場合がある。50歳以上で歯を抜く理由の一つに歯根破折がある。これは歯の根っこの部分が骨の中で折れた状態を指し、強い痛みがあり、治らない、結局は歯を抜くしかない。こうした歯根破折は通常、交通事故などの外傷以外おこることではないが、根っこの治療そして、ポストと呼ばれる土台を入れた場合、起こりやすい。昔の教科書には、土台となるポストが外れないように根っこの半分以上の長くて太いポスト(メタルコア)を入れるが、その際に根っこの歯質が薄くなる。後年、加齢により歯が脆くなるとその部分が破折する。また根っこの治療そのものに問題があり、そこから膿がたまり痛みが続き、さらには抜歯しなくてはいけない場合がある。これも医原性のものがあり、同じ歯科医で、同じ頃治療された数本の歯が一斉に歯根嚢胞になる症例を何度も見てきた(矯正科では一年後ごとにレントゲン写真を撮るので、長期の経過を知ることができる)。一見すると根尖の先まできっちりと充填剤が入って、きれいな治療をしていると思われる症例で、こうしたことが多い。私の場合は、親父が根っこの治療をしている歯が1本あり、半分くらいしか充填されていないし、ポストも入っていないが、すでにこの歯も50年以上持っている。

 

  こうした歯の喪失理由を知るためには、多くの知識と経験が必要で、ここが一般歯科で最も難しい点である。クインテッセンスという歯科雑誌に載るようなすごい治療より、私の親父のようなしがない歯科医のやった治療の方が長持ちすることもあり、それは私の歯を見てもわかる。逆にほとんど全ての歯の神経を抜いて、太いポストコアを入れ、審美的な補綴処置をしている症例などを見ると、いつかひどいことになると思うのは私だけだろうか。一方、こうした派手な治療をする歯科医とは別に、私の尊敬する森克栄先生のように一本の歯を二十年以上経過観察する地道な治療をしている先生もいて、どこの歯科医院で治療するかは、歯の寿命を考える上で、決定的な要因になるように思える。友人の年配の歯科医を見ていると、経験を積むと歯科医も大掛かりな治療は避ける傾向がある。悪い歯のみ取り敢えず治し、あとは様子を見ながら、治療をする。人間の体を人工物に置き換えることは難しいという当たり前のことを謙虚に考えるなら、むやみに治療介入はできない。たとえ小さな虫歯があっても、あまり進行せずに、数十年間そのままの場合もある(私の歯も溝が少し黒くなった、いわゆるC0の歯が2本あるが、この歯も50年以上、虫歯が進んでいない)。こうした歯に対して治療して介入することは、歯の寿命を縮める。このあたりのさじ加減は経験が必要であり、若手の先生は教科書的に治療を行なってしまう。

 

 一方、ここ50年くらいの歯科医療の進歩を見ると、虫歯は減ったし、80歳で20本以上歯のある人も増えた。ただこれは、患者さん側の予防歯科への啓蒙によるものであり、何か革命的な治療装置、器材ができた訳でない。たとえば、治療が最も難しい、根っこの治療に関しても、いろいろな治療法が開発されたが、結局は50 年前とほとんど変わらないし、予後も変わらない。また最近のマイクロスコープを用いた歯根の治療も予後はいいというが、それでは森先生のスコープを使わない治療より予後はいいとは言えない。材料にしても、CADCAMによるセラミックのものができてきたが、やはり金が材質としても優れているのは私の歯を診てもそう思う。結局、虫歯がなく、歯髄処置もなく、歯周疾患にもきちんとケアし、いつも診てもらえる信頼の置ける歯科医がいれば、一生歯で困ることはないであろう。


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