2021年12月9日木曜日

日本の歯科臨床教育の問題点

 



最近、検査を行った患者さんの治療を見て驚いた。上下左右の第一大臼歯にレジン充填されており、それ自体は問題ない。他の歯にう蝕なく、この4本の第一大臼歯に咬合面の2/3以上のレジン充填がなされ、すべての歯のレジンの一部が欠けてそこから二次カリエスとなっている。乳臼歯では、レジンを詰めた後、指で押したような治療は年配の歯科医では昔、見たことがあるが、永久歯では初めてだ。患者に聞くと一年前に治療されたと言う。もちろん、これほど歯質崩壊が大きい場合は、アンレーがフルクラウンの適用となり、レジン充填の適用ではない。ケースによっては、レジンアンレーやポーセレンにすることがあっても、流石に充填で済ますことはない。

 

患者にかなり年配の先生で治療されたのですかと聞くと、最近開業した30歳代の先生という。これには2度驚いた。一瞬、コア形成のためのレジン充填かと思ったが、治療はそれで終了と言われたという。若い時の記憶では、昔はこうしたひどい治療は年配の先生のところでした治療だった。というのは、大学六年の患者実習では、補綴、保存の先生が厳しく指導し、たとえ手が動かなくても、時間がかかっても大学での臨床レベルが常に頭にあった。そのため、卒業後に勤務した歯科医院で、そこの先生の治療を批判する先生もいたほどだ。ただ当時、青森県の先生は、1日に一人で100名以上の患者をみる先生もいて、そうした治療も無理からぬ事情もあった。

 

歯科医の治療技術が後退した時期が2つある。一つは国家試験から実習試験がなくなった時である。当時の補綴、保存の先生も国家試験から実技がなくなった結果、医局で改めて実習訓練をしなくてはと嘆いていた。実習試験のあった時は、模型を使った実技であったが、何度も何度も練習するため、医局に入ってからさらにリファインするだけでよかった。それでも6年生の臨床実習があったので、それほど臨床レベルが落ちることはなかった。

 

若手の臨床レベルが決定的に落ちたのは、歯科研修医が義務化されて時である。6年生は臨床実習をせず、国家試験勉強をすることになった。これにより患者の治療を行う臨床実習は、歯科大学卒業後、研修医になってから始めることになる。ここで問題なのは、かっての歯科大学の6年生の臨床実習と、研修医の臨床実習がどちらが中身が濃いかと言うことだ。結論から言えば、研修機関による差が大きすぎ、たとえば、弘前大学の歯科口腔外科で研修すると抜歯や全身管理はある程度できるようになるが、一般歯科の研修はそれ以外の研修機関で行う。まず一般歯科では、かっての歯科大学附属病院のように懇切丁寧に指導することは時間的に難しく、また自院の患者を見させるのは抵抗があるために、もっぱら見学のみというところも多い。同様に歯科大学附属病院でもかっての6年生ほど全部床、インレー、フルクラウンが何ケースといったケース制を取っていないところが多い。

 

アメリカの歯科大学では、開業医の半分から1/3の治療費で患者を集め、多くの患者を学生に配当している。翻って日本では、なかなか学生や研修医に見させる患者が集まらず、学生の教育に協力する患者も減っている。この点を何とかし、少なくともケース制を研修医制度に導入すべきである。現行の研修医制度では、学生の評価はあるものの、こうしたケース数が反映されることはない。最初の述べたような若手の先生は、特に例外的ではなく、よほど研修医卒業後にいい先生のところに勤めて鍛えられた先生以外は、臨床レベルはかなり低い。本来制度とは従来の制度より全体、平均レベルを上げることであり、その目的は優れた臨床診断、治療ができる歯科医の養成である。少なくとも研修医制度のなかった時代より臨床レベルを上げるためには、研修医の基本研修機関は歯科大学、歯学部附属病院が中心で、それに付随するような形で一般歯科、医学部歯科口腔外科などの研修を加える。そして全国的に標準のケース、たとえば全部床は印象から技工、装着、調整までのケースを2症例、エンド処置は抜髄、感染根菅治療を10症例、インレー、クラウンを形成、技工、装着まで10症例、抜歯も10症例など、最低症例数を決めて、研修期間内に達成するようにする。達成できない場合は、研修未終了とする。

 

こうした研修医制度へのケース制は、現行の歯科大学、研修機関からすれば、とてもできないというかもしれないが、世界中の歯科医はこうした教育を受けており、日本の歯科教育ほど臨床経験が少ない国はない。国民に良質な医療を受けさせるためには、まず歯科医が優れた臨床技術を持つ必要がある。こと歯科医師養成教育としては、世界でも最低水準であることは、誠に恥ずかしいことであろう。こうしたことを書くと、非難も多いが、それでは世界各国の歯科大学の卒業生と日本に歯科大学の卒業生、あるいは研修医修了生に、実際に患者の治療をさせて、比較すればよい。おそらく中国、韓国、台湾などアジア諸国やインドの卒業生より臨床技術は劣ると思われる。


PS; 歯質の欠損が大きく、明らかにアンレーやクラウンの適用症例にレジン充填するのは、金パラなどの金属が高いせいだという意見もあった。確かに保険治療では実質的に赤字になるかもしれないが、もしそれが原因でレジン充填をしたなら、これはこれで歯科医失格と思う。




0 件のコメント: