2024年6月16日日曜日

予防矯正

 



予防矯正という言葉が流行っている。早い時期に矯正治療することで、将来的な不正咬合を予防できるというもので、早期治療とよく似た言葉である。主として小児歯科の分野で提唱されているもので、最近では小児の咀嚼問題、口唇閉鎖不全に対する検査あるいは治療が保険適用となってきた。

 

お口ポカンという、口を閉じることができず、口をポカンと開けていることをいい、日本小児歯科学会の大規模な調査で子供の約30%にこうした症状が見られるとし、早期に治すことで将来的な不正咬合を治せるとしている。

 

一方、矯正歯科の先生は、こうした考えに否定的とまでは行かないが、あまり興味がない。なぜかというと、多くの先生、私も含めてこうした機能的な問題にかっては真剣に取り組んでいたものの、あまり効果がないことを実感しているからである。在籍していた鹿児島大学歯学部歯科矯正学講座の最大の研究テーマは咀嚼と咬合、顎顔面発育との関連で、私も咀嚼機能の一つ、咀嚼能力についての研究をしていた。そうしたわけで、患者には、奥歯でしっかり噛むように、さらには今もロッテである咀嚼トレーニングガムを開発しようとしたこともあり、盛んにガムを使った咀嚼指導を行っていた。さらには舌機能訓練にも興味があり、何回かそうしたセミナーを受講して、現在でも多くの患者で指導している。ただ、これだけは言えるのは、こうした機能的訓練だけで形態、咬合そのものが変化することは少なく、あったとしても一部である。例えば、開咬などでは咀嚼訓練や舌機能訓練などである程度、咬合の改善も可能であるが、やはり最終的にはマルチブラケット装置による治療が必要だし、反対咬合、上顎前突、叢生など他の不正咬合がこうした機能訓練だけで治ることはない。

 

予防矯正というのはあまり意味がないというと、こうした治療を積極的にしている先生から反論がきて、こんなに上手く治ったという症例を出される。実際に私も昔、機能的矯正装置による上顎前突への早期治療の効果を強調する論文や講演をしたことがある。こうした場合は、もちろん上手くいった症例を提示し、変化の少ない症例は出さない。反対咬合についても早期治療の必要性を強調する場合は、同じようなこともした。よくやる手法である。

 

ただ実際の臨床では、患者には成功例の高い治療法を勧めるし、そうでない場合は、最初からエクスキューズをしておかなくてはいけない。つまり早期治療をする場合は、これで治ることもあるが、理想的な咬合を作るには、必ず二期治療、マルチブラケット装置による仕上げの治療が必要と説明してから治療を開始する。個人的に感覚でいうと、一期治療で、私たち矯正歯科医がOKとされる咬合状態になることは20%以下と思う。もちろんある程度、例えば、多少の凸凹があっても、反対咬合は治っているという状態でいいのであれば、50%くらいになるかもしれない。患者さんの中にはこれでいいと思い、一期治療で来なくなる人もいる。

 

予防という言葉は、悪くならないように前もって防ぐことという意味であるが、舌機能訓練や咀嚼訓練などの機能訓練が不正咬合の一部を防ぐかもしれないし、早期治療がその後の矯正治療を簡単にすることもある。ただ予防矯正と言っても、これだけで理想的な咬合になる可能性は低く、費用が安ければ試してもいいかもしれないが、2030万円もして、永久歯が生え揃った時点で、これ以上は治らないと言われれば、不満が出る。患者からすれば、予防矯正で2030万円出すのは、それで理想的な歯並びになると思っているからであり、10%くらいしか理想的な歯並びにならないと言われていれば、治療しないであろう。

 

マルチブラケット治療においては、外科矯正も含めれば、90%以上は理想的な咬合にできる(中には歯が動かない、舌の力で変な歯の動きをする、ゴムを使ってくれないなどで満足できない状態で終わることもある)。マルチブラケット法による最新の治療終了結果100症例を提示しても、素人からすればほぼ同じ、理想的咬合に見えるだろう。逆に予防矯正、一期治療終了時の最新の100症例の写真を見せれば、その中にかなり不正咬合が残っているし、理想的咬合がほとんどないことがわかるだろう。もちろん患者さんの中にはこれで良いというなら問題ないが、患者さんの多くはマルチブラケット法と同じような治療結果を予防矯正でも期待している。一方、こうした予防矯正をする歯科医は、前より少しでもよくなれば、治療効果があり、必ずしも理想的咬合でなくても良いと考えている。矯正歯科医、患者の考えている歯並びは、凸凹もない、女優さんのような歯並びであるのに対して、一般歯科医、特に予防矯正を行っている歯科医の目標は、かなり低く、多少の凸凹があっても良い、多少の出っ歯でも良い、多少口元が出ていても良い、多少かみあわせが悪くても良い、といった風に全て“多少”という言葉がつくものである。

こうしたこともあり、子ども矯正治療を希望される方は、よほど料金が安い歯科医院

以外は、マルチブラケット法ができる矯正歯科専門医で治療を受けることを勧める。そして一期、二期も含めた治療を覚悟して、もし一期で終わればラッキーと思うくらいでいいだろう。


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